悪なき殺人


 フランスの山間の小さな村で、一人の女性が行方不明になった。
殺人事件として捜査が始まり、関係者として浮かんだ人物たちはみんな村の者だったが、誰もが孤独と秘密を抱えていた。
そしてその事件は、遠く海を渡った西アフリカに住む詐欺師の少年へと結びつき、やがてすべてを巻き込んだ複雑な状況が見えてくる。

 田舎の出来事のはずが、いつの間にか国を超えた事件へとなっていく。
だが、最初の行方不明者の死体がいつ発見されて、どんな状況だったのかの印象がまるでなく、事件だったのかも記憶に残らない。
次第に大ごとになっていく出来事と、関係者それぞれからの視点で進む物語は面白いが、はっきりしたことは何もわからずにすべてを匂わせたまま進んでいく。
スッキリとはしないが、膨らんでいく関係図を追うのは面白かった。

ウェルテルタウンでやすらかに


 推理作家をしている私の元へ、おかしな依頼が舞い込んだ。
過疎化した町の人集めに、小説を書いてほしいという。しかも町を、自殺の名所にしたいというではないか。
そんな依頼は受けたくないが、何の因果かその町は私の実家がある町であり、そこから逃げ出してきた身であり、だが自殺の名所にはしたくはないという複雑な気持ちが巻き起こる。

 おかしな依頼をしてきた人物はいかにもうさん臭く、町の自殺の名所を次々案内する様子もコミカルに描かれているし、出てくる住民も変わった人ばかり。
自殺という暗いイメージとはかけ離れた雰囲気なのでコメディとして楽しめる。
でも最後にはこれまでの事がどれも裏の意味を持っているようで考えさせられ、どれもどこかで関係があっていちいちハッとさせられる。
分かりにくさはあるものの、いろんな仕掛けに気づくとより楽しめる。

一夜―隠蔽捜査10―


 神奈川県警刑事部長・竜崎伸也のもとに、著名な小説家・北上輝記が小田原で誘拐されたという知らせが入る。
同じ小説家で友人だというミステリ作家・梅林の助言を得ながら、犯人の行方を追うが、行方はおろか、犯人からの要求すらないため、捜査は全く進まなかった。
同じころ、警視庁管内で殺人事件が起こっていた。

 淡々とした竜崎の事件。
他の場所で起こった事件とかかわりが出てくることはよくある事なので予想はできてくるが、竜崎と梅林の個性が強調されていて、竜崎に良き友人ができたようだ。

隠居おてだま


 優雅な余生を送るはずだった老舗糸問屋・嶋屋元当主の徳兵衛。
しかし孫の千代太が犬猫にとどまらず人の子までも拾ってくる。そのため静かなはずの隠居屋は常に賑やか。
さらにそこでの出会いが新しい商いを生んだり、徳兵衛は忙しい毎日に充実していた。
しかし、家族に起こった問題ごとに気づかず、徳兵衛は家族との最大の危機が待ち受けていた。

 隠居はしても、何もないとただ暇を持て余す。
そんな生活に張りを与えていたのが、新しい商いと孫を含めた子供たちだった徳兵衛。
そんな彼が、何よりも苦手な恋路の問題に悩まされることになった。
頑固で意固地な自分を自覚しながらも、どうしていいかわからずにいる様子は微笑ましいが、当事者となると大変迷惑なもの。
だけどそれを溶かすのもまた家族で。
最後は優しく降る雪がすべて洗い流してくれたよう名ほっこりした場面で終わる。

編集ガール!


 出版社の経理部で働く久美子。気まぐれで書いた提案書がワンマン社長の目に留まり、急遽編集長を言い渡された。
編集経験皆無の久美子と、同じく他の課から集められた素人集団で、新しい雑誌を作ることになり、戸惑う久美子。
しかも彼氏の学まで部下となってしまう。
唯一編集の経験がある学に頼る久美子だが、女性誌なのにどうも目線が違う方向へ行こうとしている。
無事創刊できるのか、誰もがいっぱいいっぱい。

 お仕事小説。
似たようなドラマを見た気がするが、違うものだった。
そして軽くてどんどん読めるのであっという間に終わる。
ピンチもあるが、最強の隠しコネのおかげですんなり片が付く。
とても分かりやすい結末だった。

雨だれの標本 紅雲町珈琲屋こよみ


 雨の続く梅雨、お草が営む珈琲豆と和食器の店・小蔵屋では、ゴミが荒らされる日が続いた。
黒い自転車で走り去る人影を目撃して怖くなっていたが、お草はある日散歩の途中である小屋の隅で自分のゴミを見つける。
さらに、小蔵屋がある映画の撮影予定地となり、噂を聞きつけた近所の人たちの注目の的になってしまう。
だが監督と面会すると、彼はお草に頼み語ををした。
ある人物を探してほしいと。

 小蔵屋の周りがまた騒々しくなる。
不審者の素性はすぐにわかるが、それでも騒動は収まらず、久美と一ノ瀬の問題にまで発展し、お草は心が休まる日はない。
それでも毎日暮らしていかなければならず、お草は思うようにいかなくなってくる体と共に静かに祈り、でもちゃんと行動を起こす。
今回は一つ一ノ瀬が大きな決断をし、ふわりとした気分で終われると思ったら、なんだか賑やかだった。

エンドレス・スリープ


 大井の港湾倉庫で火災が発生した。ただの火災かと思っていたら、そこから冷凍された5人の死体を発見する。
最初に身元が判明したフリーライター・如月啓一が書いたと思われる原稿には、6人の素性が書かれており、警察はそこから身元を特定し、なぜ冷凍されていたのかを調べ始める。
少しずつ公表される如月のブログと警察の調べが交互に描かれ、冷凍されていた経緯や身元などが分かり始めると、より一層不気味な謎が深まってく。
彼らはなぜ、冷凍されていたのか。

 一人ずつ判明していく死体の素性。
彼らは皆、死の間際にいたことが分かる。
そして彼らの、身震いを起こすほどの死への恐怖が伝わってきて恐ろしくなる。
ただ、警察の視点で描かれている部分がそれを中和させてくれいて、ホラーの部分が薄まっていたために読みやすかった。
コールドスリープ、不死、延命、緩和ケアなど、死を考える題材にはいいかもしれない。

神の呪われた子 池袋ウエストゲートパーク19


 新興宗教「天国の木」に走った母親に振り回され、薬も病院も連れて行ってもらえずに、週末は布教活動に振り回されている女子高生のルカ。
50代の教祖の次の花嫁候補となってしまい、マコトはなんとか逃れようとするルカに手を貸すことを決める。
 転売目的でビンテージのウイスキーを狙い、小さなバーに嫌がらせを始める悪質なバイヤー。
闇バイトの連続強盗団などが登場する4編。

 宗教二世、闇バイトや転売ヤー、個人情報を盗み取る行き過ぎたファンなど、今回も今問題になってることがテーマ。
タカシとマコトのやり取りもいつも通り。
そしてタカシの強さも描かれている。その分マコトの知恵は今回はあまり出てこなかった気がした。

残照 アリスの国の墓誌


 新宿ゴールデン街に店を構えるバー『蟻巣』の最後の日。
マンガ家・那珂一兵が亡くなってからもミステリ好きの常連が集まったこの店で、彼らは思い出に浸る。
そして話題は、一兵のマネージャーをしていた姉の千鳥と、祖母の死における残りの謎に向かう。

 家を飛び出して似顔絵書きをしていた一兵が、有名漫画家となり、すでに死していたことに衝撃を受ける。
そして彼の生涯で付きまとった身近な人の死の謎と姉への思い。
今度も切なさがたくさん入っていた。
探偵役として登場しているもう一人の様子も気になるが、そちらは今後登場するのだろうか。

馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ 〈昭和ミステリ〉シリーズ


 昭和36年、中央放送協会(CHK)でプロデューサーとなった大杉日出夫から、ミステリドラマの脚本を手がけることになった風早勝利。
キャストをそろえ、様々なトラブルを乗り越えたクライマックスで、主演女優が殺害されるという事件が起こる。
現場のスタジオには大勢の人がいたのになぜ!
風早と那珂一兵は、大きな密室となったスタジオでの事件に挑む。

 一兵と風早、大杉、瑠璃子と、おなじみの顔がそろう。
今度も辛い過去を覗くことになり、それやはっぱりよく知った顔。
事件は解決しても切なさが残るのは毎度同じで、今回はある程度覚悟ができていたためダメージは少なかった。
それと、これまでよりはマイルドなイメージ。
ラジオがメインだった時代に、テレビの世界へ飛び込んだ大杉たちの大きな挑戦の話。