彼岸の花嫁


 富豪のリン家から、死んだ跡継ぎ・ティアンチンの嫁にしたいと言われたリーラン。
幽霊の嫁になどなりたくないと拒否するリーランだが、やがて夢の中で毎夜死んだティアンチンが現れ、食事や贈り物でリーランを説得しようとする。
不眠と恐怖で寝付いてしまうりーれんだが、なんとか結婚を阻止しようと、黄泉の国へ行くことを決意。

 リン家へと出向いた日に、奇しくも当主の甥にあたるティアンバイに恋をしてしまうリーレンが、どうにかして彼と結婚できないかといろんなことを考える様子がかわいい。
夢の中のティアンチンはどこまでもウザく書かれているし、意地悪な人はわかりやすく意地悪。
あの世と現世との行き来や、人間ではないものとの交流にはファンタジーらしくて楽しいし、恋した相手を一目見たいと衝動を抑えきれないなど少女らしいところや、どちらの求婚をうけようか悩んだりと、10代の少女の悩みと憧れが盛沢山だった。

うめ婆行状記


 北町奉行所同心の夫・霜降三太夫を卒中で亡くしたうめは、一度でいいからやってみたいと思っていたことをすることにした。
堅苦しい武家の作法から離れて、一人暮らしを始める。
手頃な家を借り、庭に生えていた梅の木になっている実をもいで梅干しに。
そして昔の知り合いがお隣さんだと知り、うめは楽しみが広がってうれしくなる。
ところが、甥っ子の隠し子が現れたり、お隣のおかみさんが亡くなったりと、ゆっくりする時がない。

 未完の遺作。
気の強そうなうめは、始めは意地っ張りの印象が強かったのだが、だんだんと母の顔、叔母の顔、義姉の顔と、いろんな面を見せてくれる。
周りの人たちをうまく橋渡しもして、家から離れて客観的な目をもったうめから見た、ご近所親戚ひとまとめの日常が楽しそう。
うめ自身の老いも語られてきた頃に唐突に終わってしまったのでとても淋しい。

吾妻おもかげ


 家業の縫箔屋の跡を継ぐ決意が出ないまま、それでも絵を描くことが大好きな主人公の菱川吉兵衛。
本意を告げずに江戸へ出てきた吉兵衛は、絵師にもなれないまま10年の時を自堕落に過ごしていた。
ある時、吉原の娘の小袖に刺繍をして見せたところ評判となり、吉兵衛は苦界でも懸命に明るく生きようとする女たちに、自分のふがいなさを思い、奮い立つ。
やっぱり絵が書きたい。

 目指した絵師からは程遠い生き方をしていることに腐っていた吉兵衛は、いろんな流派の絵を見てきたことで誰にもない個性を身につけていたことに気づく。
そして絵師として名を残したいと踏ん張るうち、自分流の絵を描くことに目覚め、やがて人気が出ていく。
しかし浮世絵師としての吉兵衛は、やがて嫌っていた狩野派と同じようなことを始めてしまう。
吉兵衛の人生は女たちによって芽吹き、諭されていく様子が吉兵衛の焦りと共に描かれていて面白い。
どこかで彼の弟子側の視点で書かれた本を読んだ気がする。

虹を待つ彼女


 第36回横溝正史ミステリ大賞大賞受賞作。
IT企業の研究者である工藤は、人工知能を使って故人をバーチャルで蘇らせるプロジェクトに参加していた。
そこでプロトタイプのモデルとして選ばれたのが、自らの作ったゾンビゲームの中で自殺した、あるゲームクリエイター・晴だった。
しかし彼女に関するデータが乏しく、調べていくうちに工藤は彼女に魅了されていく。

 ゲーム、人工知能など、バーチャルな世界なら何でもありだろうと思っていたが、それでもリアルさを追求する研究者らしく、執拗な探索が興味を引いた。
そして生きた形跡の少ない晴に近づこうとするほど惹かれていき、脅迫を受けるまでになる工藤の様子がだんだん狂気じみてくる。
ミステリアスな晴をどこまでも理解したいという思いだけでたどり着く結末はとても人間らしい感情で、工藤の感情が一気にあふれ出てこちらも胸がいっぱいになった。
晴の作ったゲームに隠された謎と、晴の感情がとてもきれいに描かれていて、後味はとても清々しい。

六つの村を越えて髭をなびかせる者


 蝦夷地開発が計画されていた江戸中期。
幕府の後押しで蝦夷地へ向かうことになった一行の中に、生涯9度も蝦夷へ渡った最上徳内がいた。
徳内は出羽国の貧しい農家に生まれながらも算術に秀でていたために師から推薦され、蝦夷地見分隊に随行する。
そしてそこで見たもの、出会った人、食べたもの、すべてに驚愕する。文字を持たないため見下され、争いを好まないために搾取されるアイヌの人々は、それでも美しい自然と独自の文化で雄々しく生きていた。

 蝦夷の話はあまり知らないためにとっつきにくく、始めはなかなか進まなかったが、徳内の様子、心持ち、周りの者との関りがじっくりと書かれていて、しだいに夢中になる。次はどんなことを思い、何を成したいと考えるのだろうと予想しながら、一緒に冒険へ出かけている気分だった。
為政者の思惑一つで命すら取られてしまう時代と、厳しい自然、それでも魅かれる場所への憧れが強く残る。
そして印象的なタイトル。

広域警察 極秘捜査班 BUG


 10年間、航空機墜落事故の犯人として死刑囚となっていた16歳のハッカー・水城陸。
その能力のため、死刑執行直前に救い出され、命と引き換えに名前と経歴を変えて警察の極秘捜査班に加えられる。
しかしそこは監視され、一人で外出さえできない捜査機関だった。
陸は、いつか人生を取り戻すと決め、その機会をうかがっていた。

 すべてが監視されている環境で次に取り掛かった事件が、10年前の事件で死亡したと思われていた人物だったことで、陸は希望を見出す。
仕事仲間も皆何かを隠している環境で、自分をはめた者たちをあぶりだそうと必死で考える様子が伝わってくる。
謀略に関しては何枚も上で、頭が切れる大人に戦いを挑む様子は無茶に思えたが、情報が集まってくると形勢が変わっていくため次の展開に興味が沸いていき、どんどん目が離せなくなる。
国が発行する公式な通貨が仮想通貨になる時代も本当にやってきそう。

噂を売る男 藤岡屋由蔵


 神田旅籠町、足袋屋の軒下にむしろを引いて古本を売る男。
その男・吉蔵が売っていたのは、裏が取れた噂や風聞といった事実。
人によっては使い道があり、またどう使うかは買ったものの自由という吉蔵のところには、時には侍や町年寄の隠居、果ては藩の関係者と、様々なものが顔を出すようになっていた。
そこでつかんだ噂がやがて、日の本を揺るがす大事件とつながっていく。

 町の噂を売る男。
きっちり裏を取るやり方で信用を得ていた吉蔵だが、危ない奴らも呼び寄せていたために起こった事件。
手下が命を落としてしまうという、どうしても許せない一件を追ううちにわかる事の大きさに驚くが、興味も沸く。
急がず、自棄にならず、じっくり詰めていく話の進め方が、頼もしい力に後押しされているようで落ち着いていられた。
さらに史実での顛末を知っているために、事件の大きさより吉蔵の気持ちに想像を働かせることができた。

御師弥五郎 お伊勢参り道中記


 伊勢詣の世話役・御師の手代見習いとして修業中の弥五郎。
御師のくせに伊勢にはいきたくないという訳ありだが、ある日出会った武士のような商人の清兵衛に頼み込まれ、伊勢まで用心棒として伊勢参りに同行することになった。
清兵衛は材木商だが、不当に吉野杉を売買したという濡れ衣を着せられ、さらには命まで狙われていた。
清兵衛を狙う悪党に不審な点を見つけた弥五郎は、用心棒をしつつ事の次第を調べ始める。

 一生に一度は行きたいと誰もが願う伊勢参り。
だが弥五郎はそれに虚像を見、嫌悪していたが、清兵衛とのかかわりで少しずつ考えが変わってくる。
伊勢が人々にどんな夢を見せているのか、そして故郷に残してきた遺恨とのケジメ。
不利な局面も知恵で乗り切る様子は頼もしかった。
西條奈加ははずれがない。

就活ザムライの大誤算


 すべては良い会社に入るため、7年余りを就活にかけてきた主人公の蜂矢徹郎。
常にスーツを着込み、話し方も面接向けの言葉使いで、周りから「就活侍」と呼ばれても気にしない。
同志である就活生たちを敵とみなし、恋愛やサークルで楽しむ者たちを見下し、希望の商社から内定をもらう事のみに徹底していた徹郎が、気ままな同級生や胡散臭いオジサン聴講生にもまれて自分の道を見失い、また探り出す、就活エンターテインメント。

 学生や就活を極端なほどの個性で押し通し、滑稽で、笑い泣きさせるのが上手い。
デビュー作の「被取締役新入社員」を思い出させる。
自分の信念を7年も貫き通すパワーは変人を通り越して個性として認められていて、そんな彼を冷静に観察する目もあり、素直に受け止める人、単純に感動する人と様々な視点もあって、人に興味を持つための素材がたくさんあった。

ゾウに魅かれた容疑者 警視庁いきもの係


 警視庁「いきもの係」のオアシス、田丸弘子が、定時連絡を絶ち、行方不明となった。
嫌な予感がした須藤は、弘子の自宅を捜索し、あまりにもきれいに片付いていることを不審に思う。そして、不自然な動物園のチケットを見つけた。
動物とくれば薄。
さっそく相談し、どうやら海外に連れ出されたとわかった須藤は、あらゆる伝手を使って薄と共に弘子を救い出すことを誓う。
偽造パスポートまで用意し拉致されたのは、ラオスだった。

 身内の一大事、長編となった今作は、読みごたえも充分。
薄は相変わらずの頓珍漢な受け答えで話の腰を折りまくり、本題を忘れそうになるが、ツッコむ須藤ももう慣れたもので、薄に流されながらも見失わない。
ダジャレも、おじさんが言えばただうすら寒いだけなのに、薄が言っておじさんがつっこむ構図は和やかにさえ見える。
海外の大きな密漁・密輸ルートで命の危険もあったりと、薄の生存力の高さと須藤の勘が存分に発揮されていて楽しかった。