イグアナの花園


 生き物の声が聞こえる美苑は、植物学者で大学教授の父と、厳格な華道師範である母親と住む家の中庭やアトリエで、生き物たちの言葉に耳を傾けるのが日課だった。
学校では「空気が読めない」と言われて友達もいない。
ある日、優しく見守っていてくれていた父が急逝して落ち込む美苑に、父の友人であった児玉先生から、大学の植物園で飼育されている子供のグリーンイグアナを育てないかと提案をうける。
その日からは「ソノ」と名付けたイグアナと、父の残したアトリエで幸せに暮らしていたが、突然母から呼び出され、「半年以内に結婚するように」と言われてしまう。

 小さな生き物の声が聞こえるが、話ができるわけではない。
代わりに人間の友達がいないが、少しも淋しくはない。
そんな美苑に課せられた、結婚という試練。
荒唐無稽に見える能力も、なぜかすんなり受け止められる不思議な物語。
苦手な人間付き合いと、居心地のいい場所から離れたくないのに惹きつけられる研究との間で悩む美苑の成長に優しいイグアナが母のように寄り添う。
優しい物語。

首ざむらい 世にも快奇な江戸物語


 母から言われて叔父を訪ねて大阪まで旅をする男が、首だけのサムライを拾う。
世にも不思議なその首を道ずれにした旅の話を聞きたいと乞われ、男は首との道行を話始める。
 ある若者が河原で死んでいるのが見つかる。犯人は河童だという。
幼いころかどわかしに遭った娘が飼う黒猫はそろそろ猫又になるらしい。
江戸の不思議な話。

 99回オール讀物新人賞受賞作。
奇妙だがどこか滑稽で、不思議で不気味だけど暗い話はなく、読みやすい。
優しい人たちが多くてホロリとさせられる場面もあり、怪異というわりには穏やかな話だった。

夜色表紙の本


 父が文字を書き、意匠と飾り文字は叔父が、細密画は母が描いた。
〈夜の写本師〉である三人が彼のために書いてくれた薄い本は、いつの間にか彼の元から消えていた。
おそらく家を出ていった息子が持ち出したのだろう。
持ち主の元へ戻ってくる呪いがかかっているから、きっとまだ生きているはず。
そうして微かな希望を持って、〈護符師〉である彼・ヴァニバスは息子を探す旅に出た。

 オーリエラントの魔導師シリーズ。
〈夜の写本師〉になれなかったヴァニバスだが、深い苦悩と憎しみを知って〈夜の写本師〉になっていく過程を描いている。
短編で、それぞれが違う話ではあるものの、すべてはヴァニバスに関わる事。
まとめて一つの大きな物語となっていて読みごたえがある。

藩邸差配役日日控


 神宮寺藩七万石の江戸藩邸。
「何でもや屋」とも揶揄されるお役目の差配役に就いている里村五郎兵衛は、日々様々な事に目を配らせている。
世子・亀千代君が失踪したとの知らせに慌てふためいたり、ご正室の猫が行方不明となったり、御用商人を巡る不正入札が発覚したりと忙しい。
「誰にもできぬお役を果たすのが差配方じゃ」という信条の元、一つ一つに誠実に向き合う五郎兵衛。

 何でも屋という通り、大きな陰謀から小さな修理の依頼まで、様々こなす五郎兵衛。
そして少しずつ信頼を得ていく様子や、持ち込まれる秘密への向き合い方など、真摯な姿に好感を持つ。
最後に明かされる飛び切り大きな秘密を、その親にすら守り通す姿は頑なとも見える。
読み始めから終わりまでに印象が大きく変わる物語だった。

目には目を


 娘を殺された遺族が、少年Aを探し出し、殺害した。
すぐさま自首したものの、反省は一切してないという。
ライターの仮谷苑子は、自首した田村美雪に少年Aの居場所を告げ口した少年Bを探し出し、なぜそんなことをしたのか聞くために取材をしている。
候補は、同じころ少年院にいた5人。
それぞれと面会し、自伝を書くという名目で取材を始める仮谷。
そして見つける真実と、仮谷の正体。

 最初から暗く、重い雰囲気。
少年院にいた子たちの話は皆どこか言動がや感覚がおかしく、理解できない仮谷は混乱する。
そして何人にも話を聞いていくうちにわかってくることが恐ろしい。
どんなに考えても理解できない事の怖さ。

池袋NO NAME 池袋ウエストゲートパーク21


 池袋で多発しているトクリュウの強盗事件。
闇バイトに手を出したGボーイズがいることで関わらずを得なくなったタカシとマコト。
元締めを突き止めて罪を償わせることを決めたが、なかなかつかめない。
その時Gボーイズの一声で閃いたマコトは、ある罠を仕掛ける。

 闇バイト、市販薬や処方薬でのオーバードーズ、やたら自己評価が低い生配信者など、今回もイマドキな話題。
Gボーイズのトップであるタカシはこのところ現場に出ることが減っていたけど、今回は個人的にマコトと一緒に出掛ける。
暴力的な部分もでてきたが、これぞタカシといった感じで久しぶりに楽しく読めた。

廃院のミカエル


 食品輸入会社の社員としてアテネで働く美貴は、一度食べただけだが忘れられない蜂蜜を探して廃墟となった修道院へ立ち寄る。
するとそれ以降、周りで奇妙な事が連続する。
偶然連れとなった二人と共に、心が冷える瞬間に幾度も出会ううちにたどり着く、修道院の隠された真実。

 不気味な現象に何度も出会ううち、うっかり本当に天啓を受けたような気になってしまう美貴。
思い込みと宗教はいったん決まってしまうと変えるのは難しい。
その中で、違う考えの人による理性的な観察と行動で、少しづつ過去の出来事が明かされていく。
若い修道士の行動と重ね合わされて発覚する、悪魔の所業と描かれたミカエル、そして蜂蜜。
すべてがつながった時には霧が晴れたようになる。

みかんとひよどり


 創作ジビエ料理の店のシェフをしている亮。
だが客が少なく赤字続きで、オーナーからいつ解雇されるかと思うと鬱々としていた。
そんな時、山に入り猟をしていると道に迷い、遭難してしまう。
無愛想な猟師・大高に助けられた亮は、大高の狩った獲物を買って店に出す契約を取り付けた。

 冷たい態度の大高だが、見捨てることはしない。
亮の店にもいいヒヨドリを届けてくれて、やがて店も繁盛していく。
おいしそうな料理が並んで気になってしょうがない。
個性的な大高やオーナーが、平凡な亮の周りをどんどん鮮やかにしていく様子が楽しい。
ちょっとタイトルが中身と合ってないような弱いような気がするのが残念。

鏡じかけの夢


 願いを込めて磨くと叶うというその鏡。
持ち手の願いを飲み込みながら次々と時代と人を乗り換えていく。
あの人の妻と入れ替わりたいと願う看護婦、踊り子に心酔する富豪、孤児と奇術師、貧乏から抜け出したいと願った双子。
叶った先にある事はおかまいなし。

 不思議な力に取り込まれ、手放せなかった人たちの物語。
ほとんどは不幸に終わるが、どれも思いもよらない場面がくる。
たいていは自分の望みだったために嫌な後味を持つサイコホラーで、意思のないはずの鏡だけが永遠に存在し続ける不気味さがじわじわとやってくる。
そんななか、奇術師と弟子の話は一つだけ口直しのように鏡への良いイメージとなった。

ボスポラス 死者たちの海峡


 イスタンブールで、日本人音楽家の女性が自殺した。
彼女は駐在員の妻たち3人を、自分を自殺に追い込んだとして遺書に書き残していた。
その遺書の真意を探るための捜査員は3名。
やがて、トルコ在住の日本人コミュニティの狭さと陰湿さがみえてくる。
さらに関係ないと思われていた連続転落死亡事件までつながっていく。

 登場人物が多くて混乱した。
警察の関係者までもが日本人コミュニティの人たちとつながりがあり、小さな出来事がどこまで計算されているのかと驚いた。
誰に注目していいかも長い間決められず、そのうちうすら寒い悪意がのぞいてきてようやく気付く。
後味も苦く、読み終わった日は夢見が悪かった。
それくらい後を引く不気味さだったが、どんどん焦りが出てくる流れで途中で止めれば余計気が滅入りそうだと思って読み終えたが、スッキリとはかけ離れた後味で、印象は強烈に残る。