月夜の羊 紅雲町珈琲屋こよみ


 コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」を営む杉浦草。
ある日、風に舞う雲形のメモ用紙を拾う。そこには「たすけて」と書かれてあった。
折しも女子中学生が行方不明中で、草は警察へ連絡する。しかし、少女はすぐに家出だったとわかり、一安心するが。

 家出少女は変装が趣味でいろんな顔を持っていた。
偶然発見した独居老人を助けたことで気づいた不審感を、明るく吹きとばすような身軽で楽しい友人ができたことで、また新しいもめ事にも巻き込まれてしまう。
今回は草の行動力や意志の強さを出した1作目のような雰囲気だった。
不審に感じることや納得できないことが次々と起こり、もやもやした感情を振り切るべく、草は小蔵屋であるイベントまでしてしまう。
読みやすく、季節や空気の流れも感じられるような描写が、ほっと一息入れた気分になる。
悲しいことが多かった今回はちょっと後味も苦め。

准教授・高槻彰良の推察6 鏡がうつす影


 お化け屋敷の鏡に幽霊が移るという噂が立ち、高槻の元へそのお化け屋敷で働くバイトの子から連絡が入る。
長野であったことの記憶がすっかりないことで元気がない高槻を心配していた深町は、依頼を受けることを進め、皆で見に行くことになった。
 「ムラサキカガミ」という言葉を二十歳まで覚えていたら死ぬ、という都市伝説があり、実際に家に紫鏡があるという民宿を経営している家の娘からの依頼。
そして婚約者の肩に人面痕が出たという高槻のいとこからの依頼。

 今回も不気味で、恐ろしい思いをする。
3人で行動することが増えてきたため、それぞれの役目ができてきて安心はできるが、不気味さも増している。
そして今回も、本物の怪異と出会うことになる。
でも、深町の力に頼ることを隠さなくなった高槻は、深町を信頼していることがわかるし、それにとことん付き合おうとする深町はもう自分を卑下したりもしていない。
それだけに、これからはただ怪不思議を解決していくだけでは済まない気がしてくる。

曲亭の家


 お鉄が嫁いだのは、当代一の人気作家・曲亭馬琴の息子だった。
外面だけは良いが吝嗇で、何事も自分の思うようにしないと気が済まない馬琴と、癇癪持ちの姑・百、体格だけは良いが病弱な夫。
陰気で笑いのない婚家で、お鉄は苦しくてしょうがなかった。
それでも子供ができてしまったために、馬琴の罵倒や姑と夫の突然起こる癇癪に耐える日々。

 馬琴を身近で見ていたお路(鉄)にとって、馬琴の人柄と描く戯作はどんなものだったのか。
その分析がなるほどと納得できる。
そりが合わないと常に感じつつも離れることをしなかったお路の考えはわからないけど、どんなに叱責されても馬琴の口述筆記をやり遂げる様子はどれほどエネルギーが要っただろうか。
そして馬琴や家族の様子を例える描写がとてもユニーク。
「繰り返しの毎日の中で、小さな幸せを見つけることの才能が人を幸せにする」としみじみ感じるお路に、しんみりする。

コロナ狂騒録


 新型コロナウィルスの騒動が始まって1年。
東京では五輪へ向けて様々な裏工作と腹の探り合いが起こっていた。
そして、鉄壁の防疫を守っていた東城大学医学部付属病院で院内クラスターが起こる。
すでに医療は崩壊しており、いつも冷静に人をこき使う高階病院長もさすがに疲れ、うっかり田口に弱音を吐く始末。
乗り切る方法を一任(丸投げ)された田口は、さっそく病院内の再編成や大規模PCR検査をする決定をする。

 続編が出たということはそれなりに効果や同意があったのだろう。
またも、胸焼けするほどの悪口が次々と出てくるが、攻撃相手はくっきりと分けられており、現実に起こったことと沿っているために、世の中の動きを思い出しながら取りこぼしている情報を調べてみたりしていると、時間を忘れていた。
他の作品でワクチンセンターの設立の話があったなぁとかも思い出され、コロナ禍が収まっても長引いても、次作はありそうだと期待する。
どんなこともネタにでき、面白い視点で物事を見せてくれるので楽しみだ。

とんちき 耕書堂青春譜


 蔦屋重三郎の店・耕書堂へ、行き倒れ寸前でたどり着いた磯五郎。
戯作者になりたい一心で蔦屋へ来たと訴え、蔦重の言うことを聞いたら考えてやると言われてやる気を出す。
蔦屋には、口が上手く思いついたらすぐさま行動する威勢のいい大男・鉄蔵、能役者だが絵が好きで、存在感のない十郎兵衛、そしてひたすら気が弱い瑣吉といった個性豊かな変人が集まっていた。

 日々のどんなことでも戯作のネタとしようとする磯五郎は、商才があると太鼓判を押されながらも戯作への熱意を貫き通す。
しかし、興味があるというだけで人を追い詰めてしまう鉄蔵や、人にはない画力であっという間に売れ、そして姿を消す写楽に比べるとキャラクターとして弱い気がしていた。
ところが、これほど癖の強い者たちをまとめてしまう力はさすが。
いずれ大物として世に出る者たちばかりがこんな風に集まっていたのかもしれないと想像すると楽しくなる。

准教授・高槻彰良の推察5 生者は語り死者は踊る


 大学で百物語をやるという企画が持ち上がる。
夜通しのイベントなので学生だけでは許可が下りず、民俗学の准教授である高槻に監督してほしいと依頼される。
100話目の妹を亡くした男子学生の話のあと、暗闇となった香以上に「おにいちゃん」という声が聞こえ、皆は驚き恐れるが、高槻は一人、白けた顔をしていた。
 そして夏休みになると、深町と高槻と佐々倉の3人は、深町の故郷へと向かう。
そこで行われていた「死者の祭り」を確かめに。

 百物語はいつものように高槻が見抜き、先生らしくしっかり教えを説いて頼もしくもあり、以前読んだ圓朝の話も出てきて興味深かったが、青い提灯の祭りから生還する場面は、ドラマの方が納得できるストーリーだった。
不思議な生き物である沙絵の力が大きく働いていたが、現実の問題として今までの怪異を解き明かしてきたこのシリーズにはかえって不自然に感じた。
ドラマのように、伝説や逸話の教訓をもとにしてひとつづつ解決していく方が高槻らしい気がする。

ボーンヤードは語らない


 U国の空軍基地から、兵士の変死体が発見される。
サソリに刺され、転落死したように見せられていたが、実はまた別の犯罪を隠蔽しようという目論見が隠されていた。
少佐のジョンは、刑事マリアとその部下である漣に、非公式に操作を依頼する。
 さらに、彼らがなぜ警察官になったのか。お互いに抱く疑問に答えるように、マリアと漣の過去も語られる。

 息が合っているのかわからないような二人の過去が、それぞれ明かされた。
マリアは昔から人と違った観察眼を持っているし、漣はその冷静さから俯瞰した着眼点から事件を見渡せる。
二人の特徴がよく出た短編集となっていた。

准教授・高槻彰良の推察 民俗学かく語りき


 他人が嘘を言うと歪んで聞こえるという耳を持つ深町尚哉は、大学進学と共に一人暮らしを始めた。
人と関わらないことを選び、嘘を聞かないで済むように生きてきた深町だが、何気なく受講した民俗学の講義で准教授・高槻に気に入られ、怪異を聞き謎を解くバイトを始める。
怪異と聞くとテンションが上がってしまう高槻の「常識担当」といてついていく深町は、相談者たちの嘘を聞き、初めて自分の耳が役に立つことを知る。

 怪異を楽しみ、自ら怪異へと飛び込んでいくのは「ばけもの好む中将」と同じような感じだが、こちらは現代。
立ち向かう理由も姿勢も違い、民俗学の勉強もできて楽しい。
幽霊の出るアパートや、仕返しをする藁人形、天狗の神隠しなど、どれも知っている都市伝説を元にした話だから難しくもなくとっつきやすい。
そして高槻の方にも秘密がありそうで、興味が沸いた。

クラゲ・アイランドの夜明け


 岩手県沖の海上コロニー。
「楽園」と名付けたその地では、殺人、傷害、性犯罪、交通事故、違法薬物、違法労働、自殺者がゼロという「七つのゼロ」を謳っていた。
とろこが、外洋からやってきたらしい新種のクラゲが発見され、クラゲ好きの友人・ミサキがクラゲに食べられ自殺した。
事故として発表されたその死に疑問を持ったナツオは、ミサキがなぜ死んだのかを調べ始める。

 強い自分の意思を持たないはずだったナツオが、関わる人たちの意思に、まるで風を受けたようにあおられる様子がまさにクラゲのよう。
周りの意見や熱量をうけてひらひらとあちこちを漂いながら、周囲を伺い、やがてミサキの意思を見つける。
クラゲが好きすぎて混ざりたくなったのかなと気楽に予想していたのとは違い、シュールな結末だったが、「楽園」としてはそちらの方がしっくりくる。

ダークナンバー


 東京で起きた連続放火殺人事件の捜査で、警視庁分析捜査係の警部・渡瀬敦子はプロファイリングをするが、予測を外し、周囲から冷たい目を向けられていた。
一方、東都放送の土方玲衣は、元同級生の敦子を特集しようと思いつき、よりインパクトが出るようにと同時期に起きていた埼玉の連続路上強盗致死傷事件を絡めようとしていた。
警察と報道で、例のない共同捜査が進むとこになり、二人の執念が過去を探り当てる。

 警察の敦子と、報道の玲衣。
立場が違う二人が同級生として築いてきたつながりが事件を追い詰める様子は、後半でやっと盛り上がる。
それまではダラダラと長いなぁと感じていたが、事件の背景や人物のつながりが分かってくるにつれて面白くなってきた。
潔い敦子の采配も頼もしいと感じたし、玲衣の行動力と野望は逞しい。
複雑な事件と背景も想像力を掻き立てる。