スターバト・マーテル


 乳がんを経験したことで、死を身近に感じるようになった彩子。中学時代の同級生と再会したことで、彩子は今感じている悲しみや淋しさの訳を考え始める。
海外での結婚式に向かった仲良しが、新郎と喧嘩したりコテージに雷が落ちたりと、盛沢山で慌てながらも楽しく過ごした女たち、の2編。

 1作目はもの悲しい雰囲気で、夜のプールの場面がずっと続いているよう。
周囲の者にとっては、死を常に考えている人は暗くて引きずられそうで不気味だと感じ、男女の感じ方の違いも妙に納得できる。
そして1作目が暗かった分、2作目はドタバタで、悪ノリともいえるくらいに明るい。
どちらも女からの目線で男たちを冷静に観察している。

亀と観覧車


ホテルの清掃員として働く涼子は16歳。
夜間高校に通い、怪我で失業中の父と、鬱病と言いながら毎日パチンコに通う母がいて、生活保護を受けている。
ある日、クラスメイトに誘われて「クラブ」へと出かけた涼子は、小説家だという初老の男性・南馬に出会う。

 南馬との出会いが、涼子の生活を変えていく。
父と母にうんざりしながらも放っておけず、こまごまと面倒を見る涼子の世界の狭さに驚き、ただのスケベ爺だと疑っていた南馬への見方も変わる。
面白がって受け入れてくれた南馬が逝き、両親の時は冷静だった涼子がどうするのか不安に思うところで終わるため、想像が膨らむばかり。

圓朝語り


 ふと見かけた落語に感動し、侍の株を売ってまで弟子入りしたいと押しかけてきた蔓草に戸惑い迷う圓朝。
そんな折、大川のほとりで、蕎麦屋の娘が絞殺される。
お吉というその娘は、圓朝がよく通う店で愛想よく客をあしらう、人気ものだった。
下手人はわからないまま時がたつが、どうしても気になる圓朝は、個人的に調べようと思い立つ。

 師匠に嫉妬され意地悪をされても「悩んで芸の肥やしに」と言っていた圓朝。
その師匠が死んだあとの彼の芸は、悩み多きものだったようだ。
お吉を殺めた犯人を推理し、話を聞きに回っては徒労に終わるという日々の中で、あちこちから聞いた幽霊話や呪い、悋気で身を持ち崩す者たちのことを取り入れて新しい話を作ろうと苦悩する。
圓朝を語るうえで欠かせない「牡丹灯篭」、一度聞いてみたい。

もういちど


 廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若旦那・一太郎は、暑さで倒れ、熱を出した。
いっそ北の涼しいところに家を買おうという話が出ていたところ、あちこちで雨ごいのために呼ばれた竜神が酒に酔い、川を荒れさせているという。
そんな折、星の代替わりに巻き込まれた若旦那は、何の力が働いたか、赤子の姿になってしまった。
もう一度生きなおす機会を得た一太郎は、健康な体を十分に楽しむことにする。

 200年ぶりの星の代替わりに巻き込まれ、赤子に戻ってしまった若旦那。
運のいいことに、今度は健康だったので、このまま健康に育てばいいと思ったが、そううまくはいかなかった。
そして、それでもあちこちの問題に首を突っ込む若旦那と、変わらない妖たちとのやりとりはほのぼのとして深刻さはない。
今回は妖たちのほうが活躍した。

うらんぼんの夜


 閉鎖的で、排他的、そこら中に地蔵があり、人々はただ祈る。
そんな田舎を嫌い、早く都会に出たいと願う高校生の奈緒は、東京から越して来た亜矢子と仲良くなる。
嫁いできて20年にもなる奈緒の母でさえよそ者扱いする村の年寄にうんざりしながらも、亜矢子に村でのしきたりを教える奈緒に、周りは警戒を深めていた。
そして盂蘭盆会が来る。

 戦争がはじまった頃、村を出たいと願う少女が地蔵にかけた願いの後で年寄りがたくさん死んでいった。
そんな出来事から、地蔵へよそ者が参ると呪われるというしきたりができ、亜矢子の一家が越してきてからは、不審に思う奈緒を追い詰めるように、年寄りたちは団結していく。
それまでは奈緒への共感しかなかったのに、突然奈緒の感情がひっくり返る。
その変化に追いつかないまま終わるため、何度か読み返した。
狐に化かされたかのようだった。
デビュー作の『よろずのことに気をつけよ』を思い出させる不気味さだった。

炎上フェニックス 池袋ウエストゲートパーク17


 コロナで仕事を失った、エッセンシャルワーカーという名の若者と肉体労働者。
パパ活をしていた女性が半グレに脅されていたり、ただ女性にぶつかっていくだけのぶつかり男、自転車配達員のトリプルワーカーに舞い降りた災難と、ストーカーに会い、その後ネットの誹謗中傷で身も心も削られた女子アナ。
コロナで生活が変わってもトラブルは変わらない。

 今回も気持ちの悪い事件ばかり。
カーストの下半分の暮らしを辛そうに見ている人がどれだけいたって誰も救えるわけでもなく、体を張って生きている人は体を張って自分を救わないといけないと生きていけない現実。
しんどいねぇって言うしかない。

本日も晴天なり 鉄砲同心つつじ暦


 鉄砲同心の跡継ぎである丈一郎は、射撃の訓練はしているが、副業のつつじ栽培の方が気に入っていた。
泰平の世になって長く、武士も本業だけでは食べていけなくなった幕末、頑なにつつじの世話をやろうとしない父との口論も日課となってしまう。
一家六人を養うには仕方がないのだが、交配で作り出す代わり品種を楽しみにしている丈一郎のところに、父の昔馴染みが訪ねて来る。

 にぎやかな一家の様子がとても微笑ましい。
鉄砲の火薬が使いようによっては肥料にもなり、物は使い道でずいぶん違うということを考えさせられる。
頑固だけど子供のような父が可愛く見える部分も多く、どんなことも発散して溜め込まないのでどんよりしない。
家族それぞれの個性もきっちり描かれているので想像もしやすく、楽しい団らんだった。
子供には見せない夫婦の約束の話でほっこりするのは、もう私がそちら側の年に近いからか。

月夜の羊 紅雲町珈琲屋こよみ


 コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」を営む杉浦草。
ある日、風に舞う雲形のメモ用紙を拾う。そこには「たすけて」と書かれてあった。
折しも女子中学生が行方不明中で、草は警察へ連絡する。しかし、少女はすぐに家出だったとわかり、一安心するが。

 家出少女は変装が趣味でいろんな顔を持っていた。
偶然発見した独居老人を助けたことで気づいた不審感を、明るく吹きとばすような身軽で楽しい友人ができたことで、また新しいもめ事にも巻き込まれてしまう。
今回は草の行動力や意志の強さを出した1作目のような雰囲気だった。
不審に感じることや納得できないことが次々と起こり、もやもやした感情を振り切るべく、草は小蔵屋であるイベントまでしてしまう。
読みやすく、季節や空気の流れも感じられるような描写が、ほっと一息入れた気分になる。
悲しいことが多かった今回はちょっと後味も苦め。

准教授・高槻彰良の推察6 鏡がうつす影


 お化け屋敷の鏡に幽霊が移るという噂が立ち、高槻の元へそのお化け屋敷で働くバイトの子から連絡が入る。
長野であったことの記憶がすっかりないことで元気がない高槻を心配していた深町は、依頼を受けることを進め、皆で見に行くことになった。
 「ムラサキカガミ」という言葉を二十歳まで覚えていたら死ぬ、という都市伝説があり、実際に家に紫鏡があるという民宿を経営している家の娘からの依頼。
そして婚約者の肩に人面痕が出たという高槻のいとこからの依頼。

 今回も不気味で、恐ろしい思いをする。
3人で行動することが増えてきたため、それぞれの役目ができてきて安心はできるが、不気味さも増している。
そして今回も、本物の怪異と出会うことになる。
でも、深町の力に頼ることを隠さなくなった高槻は、深町を信頼していることがわかるし、それにとことん付き合おうとする深町はもう自分を卑下したりもしていない。
それだけに、これからはただ怪不思議を解決していくだけでは済まない気がしてくる。

曲亭の家


 お鉄が嫁いだのは、当代一の人気作家・曲亭馬琴の息子だった。
外面だけは良いが吝嗇で、何事も自分の思うようにしないと気が済まない馬琴と、癇癪持ちの姑・百、体格だけは良いが病弱な夫。
陰気で笑いのない婚家で、お鉄は苦しくてしょうがなかった。
それでも子供ができてしまったために、馬琴の罵倒や姑と夫の突然起こる癇癪に耐える日々。

 馬琴を身近で見ていたお路(鉄)にとって、馬琴の人柄と描く戯作はどんなものだったのか。
その分析がなるほどと納得できる。
そりが合わないと常に感じつつも離れることをしなかったお路の考えはわからないけど、どんなに叱責されても馬琴の口述筆記をやり遂げる様子はどれほどエネルギーが要っただろうか。
そして馬琴や家族の様子を例える描写がとてもユニーク。
「繰り返しの毎日の中で、小さな幸せを見つけることの才能が人を幸せにする」としみじみ感じるお路に、しんみりする。