ほたる茶屋 千成屋お吟


 日本橋で御府内のよろず相談を引き受ける『千成屋』の女将・お吟。
ある日、突然連絡が途絶えた姉を探して田舎からやってきた幼い娘を助け、姉探しを引き受ける。
女郎小屋で働いていたという姉は、足抜けをしたと言って行方不明になっていた。
 前の妻を探してほしいとやってきた参勤交代で江戸へ来た初老の男性、茶屋の女将が家族のように思っている店の若い衆の憂いなど、困りごとを自分のことのように思いながら真摯に解決していく、

 十手持ちだった父が亡くなってから、後を継ぐように始めたというよろず相談屋。
持ち込まれる相談を解決するという話はいろいろあるが、主人が女という点はあまり見ない設定。
そのためどこか懐の大きな母のような、見守ることがメインのような話でほっこりする。

高校事変 XII


 長男の架禱斗がこれまで計画してきたことが実行に移された。日本は武力による支配の元へと下り、法律も警察もあてにできなくなってしまう。
その中で結衣は、亡き母が残した遺産を受取るため富津市の東京湾観音へ向かい、隠された意図を知る。
結衣をおびき寄せるために用意された舞台は、かつて矢幡元総理夫妻の関与が取り沙汰され、疑惑の中心として世間を賑わせた挙句、開校されないまま放置された茅ヶ崎の森本学園。そこで兄弟がそろう。

 決着をつけるために死ぬべきだと決意をする結衣。
そこで行われた戦闘は国家存続をも賭けた戦いで、結衣はどんな決着を選ぶのかと思っていたら、ほかのシリーズの登場人物がさらりと現れる。
死ぬつもりだった結衣が、生きるための思考へと変更した頃からのスピード感は想像を超えた。
ラストシーンでは、やっと終わったのかという安堵感。長かった。

御坊日々


 廃仏毀釈により寺は大きな苦難にさらされ、当時の住職が急死したこともあり、東春寺は廃寺となった。
その後、明治20年になってその寺を買い戻し、整備したのは弟子の冬伯。現在は弟子の玄泉と共に細々と暮らしている。
その寺へ、檀家でもないのに相談に乗ってほしいとやってきたのは経営不振に悩む料理屋の女将。
二人は、店に客をもどすべく知恵を絞る。

 僧なのに洋装をして出かけ、相場で金を稼ぐという異色の冬伯。
主人公ののんびりした様子は作者の常で、周りの者に恵まれる。
金がなければ知恵を出せと困りごとを持ち込まれるところも同じ。
いつもは江戸が舞台なのでシリーズの区別がつきにくいが、今回は明治の寺なので雰囲気が違い、ちょっと新鮮だった。

スターバト・マーテル


 乳がんを経験したことで、死を身近に感じるようになった彩子。中学時代の同級生と再会したことで、彩子は今感じている悲しみや淋しさの訳を考え始める。
海外での結婚式に向かった仲良しが、新郎と喧嘩したりコテージに雷が落ちたりと、盛沢山で慌てながらも楽しく過ごした女たち、の2編。

 1作目はもの悲しい雰囲気で、夜のプールの場面がずっと続いているよう。
周囲の者にとっては、死を常に考えている人は暗くて引きずられそうで不気味だと感じ、男女の感じ方の違いも妙に納得できる。
そして1作目が暗かった分、2作目はドタバタで、悪ノリともいえるくらいに明るい。
どちらも女からの目線で男たちを冷静に観察している。

亀と観覧車


ホテルの清掃員として働く涼子は16歳。
夜間高校に通い、怪我で失業中の父と、鬱病と言いながら毎日パチンコに通う母がいて、生活保護を受けている。
ある日、クラスメイトに誘われて「クラブ」へと出かけた涼子は、小説家だという初老の男性・南馬に出会う。

 南馬との出会いが、涼子の生活を変えていく。
父と母にうんざりしながらも放っておけず、こまごまと面倒を見る涼子の世界の狭さに驚き、ただのスケベ爺だと疑っていた南馬への見方も変わる。
面白がって受け入れてくれた南馬が逝き、両親の時は冷静だった涼子がどうするのか不安に思うところで終わるため、想像が膨らむばかり。

圓朝語り


 ふと見かけた落語に感動し、侍の株を売ってまで弟子入りしたいと押しかけてきた蔓草に戸惑い迷う圓朝。
そんな折、大川のほとりで、蕎麦屋の娘が絞殺される。
お吉というその娘は、圓朝がよく通う店で愛想よく客をあしらう、人気ものだった。
下手人はわからないまま時がたつが、どうしても気になる圓朝は、個人的に調べようと思い立つ。

 師匠に嫉妬され意地悪をされても「悩んで芸の肥やしに」と言っていた圓朝。
その師匠が死んだあとの彼の芸は、悩み多きものだったようだ。
お吉を殺めた犯人を推理し、話を聞きに回っては徒労に終わるという日々の中で、あちこちから聞いた幽霊話や呪い、悋気で身を持ち崩す者たちのことを取り入れて新しい話を作ろうと苦悩する。
圓朝を語るうえで欠かせない「牡丹灯篭」、一度聞いてみたい。

もういちど


 廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若旦那・一太郎は、暑さで倒れ、熱を出した。
いっそ北の涼しいところに家を買おうという話が出ていたところ、あちこちで雨ごいのために呼ばれた竜神が酒に酔い、川を荒れさせているという。
そんな折、星の代替わりに巻き込まれた若旦那は、何の力が働いたか、赤子の姿になってしまった。
もう一度生きなおす機会を得た一太郎は、健康な体を十分に楽しむことにする。

 200年ぶりの星の代替わりに巻き込まれ、赤子に戻ってしまった若旦那。
運のいいことに、今度は健康だったので、このまま健康に育てばいいと思ったが、そううまくはいかなかった。
そして、それでもあちこちの問題に首を突っ込む若旦那と、変わらない妖たちとのやりとりはほのぼのとして深刻さはない。
今回は妖たちのほうが活躍した。

うらんぼんの夜


 閉鎖的で、排他的、そこら中に地蔵があり、人々はただ祈る。
そんな田舎を嫌い、早く都会に出たいと願う高校生の奈緒は、東京から越して来た亜矢子と仲良くなる。
嫁いできて20年にもなる奈緒の母でさえよそ者扱いする村の年寄にうんざりしながらも、亜矢子に村でのしきたりを教える奈緒に、周りは警戒を深めていた。
そして盂蘭盆会が来る。

 戦争がはじまった頃、村を出たいと願う少女が地蔵にかけた願いの後で年寄りがたくさん死んでいった。
そんな出来事から、地蔵へよそ者が参ると呪われるというしきたりができ、亜矢子の一家が越してきてからは、不審に思う奈緒を追い詰めるように、年寄りたちは団結していく。
それまでは奈緒への共感しかなかったのに、突然奈緒の感情がひっくり返る。
その変化に追いつかないまま終わるため、何度か読み返した。
狐に化かされたかのようだった。
デビュー作の『よろずのことに気をつけよ』を思い出させる不気味さだった。

炎上フェニックス 池袋ウエストゲートパーク17


 コロナで仕事を失った、エッセンシャルワーカーという名の若者と肉体労働者。
パパ活をしていた女性が半グレに脅されていたり、ただ女性にぶつかっていくだけのぶつかり男、自転車配達員のトリプルワーカーに舞い降りた災難と、ストーカーに会い、その後ネットの誹謗中傷で身も心も削られた女子アナ。
コロナで生活が変わってもトラブルは変わらない。

 今回も気持ちの悪い事件ばかり。
カーストの下半分の暮らしを辛そうに見ている人がどれだけいたって誰も救えるわけでもなく、体を張って生きている人は体を張って自分を救わないといけないと生きていけない現実。
しんどいねぇって言うしかない。

本日も晴天なり 鉄砲同心つつじ暦


 鉄砲同心の跡継ぎである丈一郎は、射撃の訓練はしているが、副業のつつじ栽培の方が気に入っていた。
泰平の世になって長く、武士も本業だけでは食べていけなくなった幕末、頑なにつつじの世話をやろうとしない父との口論も日課となってしまう。
一家六人を養うには仕方がないのだが、交配で作り出す代わり品種を楽しみにしている丈一郎のところに、父の昔馴染みが訪ねて来る。

 にぎやかな一家の様子がとても微笑ましい。
鉄砲の火薬が使いようによっては肥料にもなり、物は使い道でずいぶん違うということを考えさせられる。
頑固だけど子供のような父が可愛く見える部分も多く、どんなことも発散して溜め込まないのでどんよりしない。
家族それぞれの個性もきっちり描かれているので想像もしやすく、楽しい団らんだった。
子供には見せない夫婦の約束の話でほっこりするのは、もう私がそちら側の年に近いからか。