孤宿の人(下)


 悪霊を押し付けられた丸海の人々が少しづつためている不満が爆発する。
涸滝の屋敷に幽閉された加賀殿にむけられる刺客や、怖いもの見たさで覗きに行く子供、その度に振り回される役人たち。
毎日の仕事にだけ向かっていたほうにも、大人たちがあたふたするたびに叱られたりしていた。
しかし、ある出来事がきっかけで加賀様から文字を習うことになったほう。
加賀様の教えの通り、数を数え、漢字を覚え、そして誰もが気づかなかった秘策の仕掛けに気づいてしまう。

 今度は牢に入れられてしまったりするほう。
だが優しい人たちに助けられ、学ぶ楽しみも知る。
どうやっても厄介者である加賀様の扱いの落としどころをさぐる者と、それを悟る加賀様の最後はとても悲しいものだし、たくさんの人が死んだけど、ほうの力強さが勝ったという事だろう。
タイトルだけでは全くそそらないと思った本だけど、思いのほか面白かった。

春告げ坂―小石川診療記―


 長い坂を登り切った先に位置する小石川養生所。貧しいものが集まるこの診療所で、医師の高橋淳之祐は毎日忙しくしていた。
手習い所で文字を教えていた女性や、金が返せず奉公先の店からくすねていた男、いろんなものを背負った者たちが日々やってきては、治療を受けている。
そんな中、大家に連れられやってきた男は、肝臓を患っていて、動くのも辛そうだった。
そしてその男は、淳之祐の過去とも因縁のある相手だった。

 療養所内での問題も多い中、身寄りのないものを引き受け、治療する。
医者の淳之祐が日々力不足を悔やむ様子が良く描かれている。
そんな中で患者としてやってきた男が自分の家族とかかわりがあるなんて思いもよらなかった淳之祐が、戸惑いながらも医者として成長しようと決心するまでになり、また希望が湧いてくる結末ですっきりと読み終えることができた。
さらに、ふと聞こえる笑い声や、毎年ちゃんと咲いてくれる桜など、ちょっとしたことで気持ちが和らぐ様子がところどころあって、気持ちが暗くならずに済んだ。

メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち


 ローカス賞受賞作。
ヴィクトリア朝のロンドン。父に続いて母を亡くした令嬢メアリ・ジキルは、母が「ハイド」という名前の人物に毎月送金をしていたことを知る。
自分が知らない事実と「ハイド」という名前に戸惑い、メアリは名探偵シャーロック・ホームズを訪ねて真実を知りたいと頼んだ。
探り始めるとともにどんどん増える謎と、メアリの元へ集まってくる“モンスター娘”たち。
果たしてこの謎は解けるのか。

 様々な物語で登場するモンスターの娘たちが集まって、個性豊かに動き出す。
主人公のメアリが一番地味に思えてしまうくらいのメンバーで、しかも作中でそれぞれが茶々を入れるという面白い構成になっている。
ただ、そのせいでちょっと間延びするような、話の腰を折られるように感じる部分もあり、一気に集中して読める感じではない。
そして、ホームズが完全に脇役となっているのも面白かった。

若葉荘の暮らし


 感染症のあおりを受け、仕事が減ってしまったミチルは、もっと安い家賃の家に引っ越すことを決める。
紹介されたのは、シェアハウスだった。
そこは、40代独身女性のみが入居できるといい、見学に行ったミチルは、住人たちの様子を見てすぐに入居を決めた。
いろんな悩みと過去を持った女性たちが、迷い、時には出ていく人を見送りながら、前を向こうと頑張る毎日を描く。

 大きな出来事があるわけではなく、本当にただそれぞれの毎日を淡々と描いている。
退屈だと感じる部分もあるが、ミチルがいつも何かしら考えていて、それを言葉にしているため、どんなことが問題になっていて、どうしようと思っているのかがじっくりと感じられる。
夢中になって読むという本ではないが、しっかり現実を見ているなぁといった感じ。

遺書配達人


 棟居刑事は出張先の四国霊場の遍路宿で一緒になった男に興味を持つ。その男は、行路病者やホームレスの遺書を遺族に届ける旅をしているという。
その日持っていた遺書は、新宿で襲われて死亡したホームレスで、娘に渡すはずだった1点物のネックレスが盗まれていたのだった。
東京に帰ってきた棟居が、コンビニ強盗事件の防犯カメラを見ていたところ、被害にあったコンビニの店員の女性がそのネックレスをしていることに気づき、棟居は関連を疑う。

 棟居が旅先で、出張先で出会う人とのやりとりが、事件につながっている。
それらの事件はきちんと解決もするのだが、棟居は別の真実を想像してしまう。
それはちょっと恐ろしい真実で、時には無理やりな事件もあるが、おおむね納得できてしまうため怖さが残る。
イヤミスとは違うので読後感は悪くないが、ちょっと人の裏の顔を覗き見る感じで人間不信にもなりそうだ。

シュレーディンガーの少女


 65歳になったらプログラムされた病原体が全世界にいきわたり、人口の調節が可能になった世界。
64歳の占い師・紫は一人の少女を拾う。
盗みをして生活していた少女に名前を与え、自分の仕事を教え込んだ紫。
太っている人を全国から5名選び、ダイエット選手権という生死をかけた戦いに強制的に参加させる政府の催し。
サンマがもう食べられなくなった未来、サンマの味を再現しようとする小学生など、ディストピアと少女を合わせた短編集。

 ディストピアというだけあってどの話にもうすら寒い雰囲気があるが、サンマの話は面白かったし、65歳で死ぬ話もそれならそれでいいかとも思ってしまい、気味が悪いだけではなかった。
もっと広がっていきそうなところで終わるものもあって、物足りない部分を想像して存分に楽しめる。

ペットショップ無惨 池袋ウエストゲートパーク18


 外からは見えにくい家庭の事情。学校にも行けないヤングケアラーの少女の、心を殺した目をみつけたマコト。
さらに売春を運営している奴らに目をつけられていたために放っておけず、タカシやゼロワンの力を借りてと救い出そうとする。
生後半年を過ぎた犬や猫は、見た目がいいものは繁殖に、それ以外は処分される世界。そんなものを見せられたマコトがした反撃や、引きこもりのハッカーがした淡い恋にも目をそらさずにすべて見つめる。

 池袋のトラブルシューター・マコトが今回出くわした弱い者たちは、家族の介護ですり減った子供や外国人労働者、そして逃げ出すこともできないペットたち。
それでももう新しいネタは少なくなってきた感じで、マコトはちょっと弱気になり、タカシはどんどんキングになっている。
ただ今回は、敵か味方かの分類ではない取引もあって、丸く収める瞬間の見極めは成り行き任せで危なっかしかった。

或るエジプト十字架の謎


 カメラマンの南美樹風は、自分の心臓移植をしてもらった医師の娘で法学者のエリザベスと共に、トランクルームで起こった殺人事件の検死に向かっていた。
本来は、警察が企画した法医学交流シンポジウムに参加していたエリザベスだったが、日本の捜査に興味があるということで、急遽予定を変更して捜査の現場へ向かったのである。
そこは、帽子が並んだ趣味の部屋という感じだったが、どうやら麻薬密輸にも関係していたらしい。

 カメラマンだが独特の閃きで事件の道筋を見つけ出してしまう主人公。
シリーズものだったようだがそれなりに説明は入るので困ることなく楽しめた。
主人公は発想が、エリザベスはその口調が特徴的で、理解しがたい現場でも面白い推理を見せてくれる。

初詣で 照降町四季(一)


 文政11年暮れ。18で男と駆け落ちした鼻緒屋の娘・佳乃が三年ぶりに照降町に戻ってきた。
どうやって父に詫びようと逡巡していると、通りすがりの顔なじみから、父が病で倒れていると聞く。
慌てて戻った佳乃の前に立ったのは、見習いとして父の弟子になっていた九州の小藩の脱藩武士・周五郎だった。
出戻りと浪人の鼻緒屋は、佳乃の独特なセンスで徐々に評判になっていったが、ある日佳乃の駆け落ちの相手・三郎次が姿を見せたという噂を聞く。

 駆け落ちして3年。
三郎次が作った借金のかたに女郎屋へ売られそうになって逃げかえった佳乃だが、鼻緒挿げの職人として生きていくことを決心し、また浪人の周五郎とも息が合ってきて、商いを広げていく様子は、一度地獄を見てもそこから逃げ出せた強さが続いているようで力が沸いてくる。
いかにも訳ありそうな浪人の周五郎だが、秘密があっても頼もしさの方が強く描かれていて、この一家の行く末が楽しみになる。

幻月と探偵


 革新官僚・岸信介の秘書・瀧山が急死した。
元陸軍中将・小柳津義稙の孫娘の婚約者で、小柳津邸での晩餐会で毒を盛られた疑いがあったため、相究明を依頼された私立探偵・月寒三四郎は小柳津邸へとやってきた。
そこで、義稙宛に古い銃弾と『三つの太陽を覚へてゐるか』と書かれた脅迫状が届いていたことを知る。
瀧山の件を調べていたはずが、またも小柳津邸で毒殺事件が起こる。
事は満州の裏の顔にまで広がっていった。

 登場人物の人種が様々で、さらに部隊が満州ということもあり、名前や地名などが分かりにくく、繋がりが見えてくるまでは苦労した。
ただの殺人の調査だったはずが、大きな政治の力まで加わってきたときにはもう戻れないくらい巻き込まれている探偵の月寒。
それでもはったりをかませながらも恐れず乗り込んでいき、最後は大物とも駆け引きをする。
すべてを知りたいと思ってしまうのは探偵らしいが、命知らずと紙一重でハラハラしながら楽しめた。