不村家奇譚―ある憑きもの一族の年代記


 山奥の村に代々伝わる大きなお屋敷を持つ一族。
そこは、憑き物の一族だった。
一族以外と健常者は食われるからと、使用人は奇形の人間ばかりが集められ、一族の者も、首から下はほぼないにもかかわらず生きている双子の片割れや、足がない代わりに天才的な頭脳を持つ跡継ぎなど、奇妙な子が生まれる。
その一族にはいったい何が憑いているのか。

 何代にもわたる不村家の物語。
不気味で、想像もできないような姿をしている者たちが住む家。
だけど淡々と時代が進み、奉公をしていた者が残した小説や、逃げ出した家人の行く末を見つける子孫など、様々な出来事がつながる瞬間があるためどんなことも見逃せない。
この一族に残る因縁は呪いか。
現代にはどんな影響が出るか、まだまだ続きそうな憑き物一族のこれからが気になる。

沈黙のアイドル


 声優を目指している林亜紀は、トップアイドル・小沼エリンの声真似が上手かった。
そのおかげで声優の仕事よりも先に、エリンの「声の代役」を頼まれ、なんとスイスまで行くことになってしまう。
しかしそこで、亜紀はエリンの死体を見つける。
パニックで何もできない亜紀に、犯人はエリン殺しを亜紀に擦り付け、切り立った崖から突き落とされてしまった。
亜紀の運命は。濡れ衣を晴らすことはできるのか。

 久しぶりの赤川次郎。
軽い語り口でするする進む物語は、あっという間に読めてしまう。
物騒な出来事が次々に起こり、剣呑な思惑を持った人がたくさんいるわりには明るく、主人公は強い。
何度も死にかけ、助けられる亜紀。
危険がてんこ盛りの割にあっさりと助けられるので妙に構えなくて済む。
そして必ず解決して終わることが分かっているので安心して読める。

かすてぼうろ~越前台所衆 於くらの覚書~


 田舎娘の十三歳の於くらは、越前府中城の炊飯場で下女働きを始める。
ある時、一人夜遅くまで働いていると、初老の男がやってきて何か食べさせてほしいという。
上手そうに食うその男は、なんと城主・堀尾吉晴だった。
於くらの作った夜食を気に入った吉晴によって、於くらはどんどん料理の腕を上げていく。
やがて主が変わっても、於くらはその腕と想像力で皆の腹と心を満たしていくのだった。

 いろんな地域の料理を知り、腕を上げるにしたがって、於くらはそれを残したいと思う。
読み書きもできなかった於くらがやがて覚書を作るまでに成長していくまで。
於くらの料理を食べた者たちとの交流も温かく、文献に残っている事もその都度注釈が加えられていて、それを初めて食べた時は皆どんな顔をしていたのだろうと想像するのも楽しくなる。

鯉姫婚姻譚


 商才がないと早々に見切りをつけられ隠居の身となった呉服屋の跡取り息子・孫一郎。
身の回りの世話をする婆さんとひっそり暮らす家には、大きな池があった。そして父が家と共に残したのは、池に住む人魚だった。
ある日孫一郎は、まだ10歳ほどにしか見えないその人魚のおたつに求婚される。
そして、人と人ではないものの結婚の話をねだられ、決して幸せにならないと語る。

 人ではないものとの婚姻の話は、昔ばなしにもたくさんある。
知っている話もいくつかあったが、どれも幸せなのは本人たちだけで、周りは死んだりひどい目に合ったりする。
でもなぜかどれも、人が人外に歩み寄る話ばかりだった。
人に寄り添い、人の世界で生きようとしたものは少ない。
孫一郎の最後もやはり、傍から見れば恐ろしい、おたつからの究極の愛情をもらうことになった。

山亭ミアキス


 山道を走っていたら迷い込んだ、「山亭ミアキス」。
超美形のオーナーと美味しい紅茶、微かにリンゴの香りが漂う暖炉や絶品のアイルランド料理と驚くことばかり。そして外に出て霧が晴れると、青く光る湖がある。
だけどその不思議な宿では、携帯もつながらずテレビもなかったり、ほかの客の姿も見ない。
運よくたどり着いた人たちは、そこでひと時の癒しと、未来への力をもらう。

 「マカン・マラン」シリーズと同じように、料理の描写がとても美味しそうで気になる。
マタハラで仕事をクビになった女性や、ブラック部活に苦しむ少年、仕事での理不尽に悩む人など、いろんな人が迷い込む。
だけど共通しているのは皆悩んでいる者たち。
そして従業員たちは、目的を果たす力を手に入れたら、次の者に託して宿を去る。
その宿のことは、いい思い出となる者だけじゃないところがいかにも従業員たちの習性を表しているし、カラクリもわかってはいるけど神秘的で、短編だから読みやすくもあり、悲しいきっかけだったわりには後に残る余韻は軽い。

さよなら僕らのスツールハウス


崖に腰掛けるように建っているシェアハウス「スツールハウス」。
元恋人の結婚式にお祝いとして送った写真にこっそり隠した伝言。シャワールームから聞こえた、住人以外の音。植物が好きな青年に持ち込まれた月下美人についての相談。そして一番長く住んだ住人が急に思い立ったこと。

同じ時を過ごした記憶を、建物が思い出しながら語っているよう。
スツールハウスが建って最初の住人の話から始まり、入れ替わりながら、代々の住民それぞれの立場で起こったことを淡々と描いている。
しんみりしたり、後悔を解消できたり、ホラーだったりといろいろだが、私は一番最初の話が気に入った。

道化師の退場


 永山櫻登は、俳優だが名探偵として名を馳せた桜崎真吾と面会する。
彼は、余命宣告を受けた病人だった。
前年の夏、小説家来宮萠子が自宅で殺害され、容疑者として櫻登の母春佳が逮捕されたが、「彼女の死に対して、わたしに責任がある」の言葉を遺し謎の自殺。
櫻登は、母の無実を信じてその真相を究明しようと桜崎を頼ってきたのだった。
桜崎の指示で、櫻登は母とその交友関係、さらに祖母やその親友にまで調査を広げ、母の残した言葉の意味を探っていく。

 誰からも変わっていると言われてきた櫻登は、会話のつなげ方が独特。
そんな彼に助言をする桜崎も風変りで、個性的な人物が多い。
だんだん広がる調査対象と人間模様に、より深くなってくるのは櫻登への興味。
イヤミスにはならない程度の、ホラーともいえるような最後は思わず読み返した。

若旦那のひざまくら


 京都、西陣織の老舗の一人息子との結婚を決めた芹。
打ち込んでいた仕事も辞め、京都へとやってきて婚約者の両親と顔を合わせれば、しょっぱなからいくつも繰り出される「いけず」に戸惑い、京都ならではの文化に振り回される。
でもめげない。
大好きな彼との結婚のため、芹は打開策を練る。

 かみ合わない会話に頭を抱え、その裏を読み取ってうんざりする芹。
笑顔でやんわり嫌みを言う母親と彼の美人の幼馴染に、よくもここまでと嫌悪感が沸く。
京都特有のいじわるのバラエティに関心して、陰湿さに慄き、受けるだろうダメージを想像しては勝手にくじけそうになりながら、芹はなぜこの場面でこれほど頭を切り替えられるのだろうかと考える。
そして、いつしか一人づつ陥落していく様子は頼もしく、その発想とパワーはすごい。
ピンチってこんな風に乗り越えていくと気持ちいいだろうなと素直に思える。

菜の花の道 千成屋お吟


 よろず御用承り所『千成屋』の女将お吟。
京橋の呉服問屋・天野屋からの相談は、娘のおはつの亭主・多七の悪書通いを辞めさせたいという依頼だった。
天野屋は、以前おはつの婿になるはずだった佐之助が何者かに襲われ、顔に傷を負ったために破断になったという過去があった。
多七を調べ始めると、佐之助を切った犯人が江戸にいることをつかむ。

 お吟を助けてくれる人がたくさんいて、皆それぞれに頼もしく、人情もある。
よろず困りごとという幅広い仕事のため、人探しから観光案内、縁談やかたき討ちなど、本当にいろいろで、町人もお武家も関係なく関わるので飽きることがない。
ただ今回は悲しい余韻が大きかった。
お吟の行方不明の亭主の消息が分かるときが来るのだろうか。

最高のアフタヌーンティーの作り方


 老舗・桜山ホテルで、憧れのアフタヌーンティーチームへ異動した涼音は、張り切っていた。
新作のプレゼンに挑んだ涼音は、さっそく分厚い企画書を否定されてしまう。
だが、憧れの先輩や頼もしい同僚、心からアフタヌーンティーを楽しんでくれているお客様たちを見ているうちに、ただ頑張るだけだった涼音の気持ちにも変化が起こり始める。

 「マカン・マラン」シリーズの、ホテルバージョン。
大好きなアフタヌーンティー、同僚との関係、仕事への向き合い方、そしておいしそうなお菓子たち。
困ることも悩むこともてんこ盛りだが、暗くならず、ひたすら考え、そして見つけ出していく。
読み終わったら周りの人すべてから力づけられているような気持ちになり、美味しいものが食べたくなる。