或るエジプト十字架の謎


 カメラマンの南美樹風は、自分の心臓移植をしてもらった医師の娘で法学者のエリザベスと共に、トランクルームで起こった殺人事件の検死に向かっていた。
本来は、警察が企画した法医学交流シンポジウムに参加していたエリザベスだったが、日本の捜査に興味があるということで、急遽予定を変更して捜査の現場へ向かったのである。
そこは、帽子が並んだ趣味の部屋という感じだったが、どうやら麻薬密輸にも関係していたらしい。

 カメラマンだが独特の閃きで事件の道筋を見つけ出してしまう主人公。
シリーズものだったようだがそれなりに説明は入るので困ることなく楽しめた。
主人公は発想が、エリザベスはその口調が特徴的で、理解しがたい現場でも面白い推理を見せてくれる。

初詣で 照降町四季(一)


 文政11年暮れ。18で男と駆け落ちした鼻緒屋の娘・佳乃が三年ぶりに照降町に戻ってきた。
どうやって父に詫びようと逡巡していると、通りすがりの顔なじみから、父が病で倒れていると聞く。
慌てて戻った佳乃の前に立ったのは、見習いとして父の弟子になっていた九州の小藩の脱藩武士・周五郎だった。
出戻りと浪人の鼻緒屋は、佳乃の独特なセンスで徐々に評判になっていったが、ある日佳乃の駆け落ちの相手・三郎次が姿を見せたという噂を聞く。

 駆け落ちして3年。
三郎次が作った借金のかたに女郎屋へ売られそうになって逃げかえった佳乃だが、鼻緒挿げの職人として生きていくことを決心し、また浪人の周五郎とも息が合ってきて、商いを広げていく様子は、一度地獄を見てもそこから逃げ出せた強さが続いているようで力が沸いてくる。
いかにも訳ありそうな浪人の周五郎だが、秘密があっても頼もしさの方が強く描かれていて、この一家の行く末が楽しみになる。

幻月と探偵


 革新官僚・岸信介の秘書・瀧山が急死した。
元陸軍中将・小柳津義稙の孫娘の婚約者で、小柳津邸での晩餐会で毒を盛られた疑いがあったため、相究明を依頼された私立探偵・月寒三四郎は小柳津邸へとやってきた。
そこで、義稙宛に古い銃弾と『三つの太陽を覚へてゐるか』と書かれた脅迫状が届いていたことを知る。
瀧山の件を調べていたはずが、またも小柳津邸で毒殺事件が起こる。
事は満州の裏の顔にまで広がっていった。

 登場人物の人種が様々で、さらに部隊が満州ということもあり、名前や地名などが分かりにくく、繋がりが見えてくるまでは苦労した。
ただの殺人の調査だったはずが、大きな政治の力まで加わってきたときにはもう戻れないくらい巻き込まれている探偵の月寒。
それでもはったりをかませながらも恐れず乗り込んでいき、最後は大物とも駆け引きをする。
すべてを知りたいと思ってしまうのは探偵らしいが、命知らずと紙一重でハラハラしながら楽しめた。

薔薇色に染まる頃 紅雲町珈琲屋こよみ


 手放したことを後悔していた帯留が戻ってきたと連絡をもらい、草は東京のアンティークショップへ向かう。
しかし、そこで草は、あるバーの雇われ店長であり、幼いころから見知っていたユージンが殺されたと知らされる。
彼との約束を思い出し、あちこち回る草だが、新幹線でとある母子のトラブルに出くわし、なりゆきで子供をかくまううちに、これはユージンの大きな企ての一部などだと悟る。

 今回は、シリーズ第一作の時のような危なげな話。
普通の老婆である草が巻き込まれるには大きすぎるトラブルだが、不運な子供を放っておけない草の性質をよく見極めたユージンの勝利だろう。
なかなか解決しないトラブルと、予想はしても確認はできない真実を飲み込み、草は一人大冒険をする。
普段の穏やかな小蔵屋のお草さんとは違った、勇敢な草だった。

我、鉄路を拓かん


 明治、政府により日本に初めての鉄道を通すことが決まる。
そのうち芝~品川間は、海上を走らせるという。海外から知識を持った人を雇い、全国から大工、石工などの工事を請け負うものを集める。
「築堤」部分の難工事を請け負ったのは、芝田町の土木請負人・平野屋弥市。勝海舟から亜米利加で見た蒸気車の話を聞いてから、どうにも興味が抑えられず、どうしても蒸気機関車を見たい、乗りたいという強い思いでひたすら進んできた弥市。
イギリスからやってきた技師エドモンド・モレル、官僚の井上勝らと共にこの難題をやり通す。

 2022年10月で、新橋~横浜間の鉄道開業150年となるそうだ。そして近年、高輪ゲートウェイ駅付近でこの時の石垣の一部が発見されたという。
弥市は、商人から土木請負人に商売替えをした変わり者。
それでも、土台を作る矜持があり、それが鉄道への情熱へとなる。
建っている建物だけが注目されるが、その基となる土台を作り、地図に残る仕事が誇らしいと語る弥市が頼もしい。

星影さやかに


 東京で教師をしていたが罷免され戻ってきた父。書斎にこもっている神経症の父を恥じながら、立派な軍国少年となるべく日々を過ごしていた良彦。
しかし戦争に負け、生活が一変していく。
引きこもり「非国民」とそしられる父を支え続けた母、一家に君臨し、地域でも大きな権力を持っていた祖母、東京で就職し、結婚した兄と、まだ小さな妹。
 父が亡くなり、遺品である日記から見えてきた、自分には見えなかった父の一面。

 良彦が見ていた不甲斐ない父の姿。そして母から見た父と、日記から見えてきた父の思い。
家族の思いを、それぞれの立場からに描いている。
特に、口を出すだけで何もしない祖母への感情はわかりやすく、良彦側と母側の比較ができて面白い。

お誕生会クロニクル


 「誕生日」にいい思い出はない。いつも家族の割を食うように生きていた母が、最も割を食った日。
小学校で「お誕生会」が禁止になって苛立つ娘に、サプライズで誕生日会を開いてやろうとした父親。
3月11日に生まれた双子たちに、震災の悲劇があったことを知らせないようにしていた母親。
誕生日がただ楽しくてうれしい日だけじゃない人たちの、生き方を変えるストーリー。

 誕生日をテーマにしているけど、一つ一つはもっと広い視野で描かれていて、親しくはないけど近くにいる人たちの物語。
誕生日は「誰もが自分自身と向き合う日」として、主に家族との関係を考えるものが多かった。
いろいろ納得もしたし、考えもしたけど、一番はやっぱり「男は皆、逃げる」かな。

探偵と家族


 高円寺にオフィスを構える銀田探偵事務所。
だが父は5年前、ある事件があってから仕事をしなくなり、代わりに母がペット探偵として家計を支えている。
そんなある日、フリーターの長女・凪咲は、父が仕事をしなくなったきっかけの事件の関係者から、うっかり依頼を受けてしまう。
ゲーム好きの長男・瞬矢を巻き込んで、凪咲は5年前の事件と父の出した結論の真意を知りたくなってしまったのだ。

 「黒猫」シリーズにたくさん出てきた、ちょっと変わった視点からのたとえを混ぜた表現が、「黒猫」シリーズよりも控えめに配置されている。
話の腰を折らない程度に脱線する比喩が、どことなく冷めた目で家族を眺める凪咲の立ち位置や心情を表しているよう。
頭のいい子供が、解決できる時が来るまでの時間稼ぎをどうするのか、そして大人がそれに気づいたとき、父がどうしたのか。
謎が解けてもしばらく考え込んでしまう。

探偵は友人ではない


 海砂真史には変わった友人がいる。
敢えて学校には行かず、興味の向くままに暮らす、とても頭のいい友人・鳥飼歩。
バスケ部で2年先輩の鹿取さんと街で偶然出くわし、彼が突然疎遠になった友人とのことがずっと気になっていると聞き、真史はその相手が歩だと気づく。
二人を仲直りさせたい真史は、仲たがいの理由の謎を歩に聞くことにした。
 なぜかとても真史を慕ってくる後輩の家が営んでいる洋菓子店が作った、お菓子の家が当たるクイズ、美術室での教師の不思議な行動など、日常の疑問が気になってつい歩に相談してしまう真史。おかしな謎と不思議なふたりの関係。

 「探偵は教室にいない」の続き。
中学生のくせにやたら頭が良くて、素直じゃない歩の素顔がちょっと覗く瞬間がいくつかあり、それを見るととてもうれしくなる。
興味のある事だけに反応する歩だが、決して冷たいわけじゃないし、ちゃんと真史のことや周りの人たちを気遣ってくれるから、近づきたくなる真史の気持ちがよくわかる。
彼が大人になったらさぞ憎たらしい探偵になるだろう。

こいごころ【しゃばけシリーズ第21弾】


 贈り物に悩んでいると父から託された若旦那。
いったい何を送ればいいのか、本人に欲しいものを聞きに行こうとしたところ、新しい悩みが続々と持ち上がる。
珍しく寝込んでいない若旦那が動く。
妖狐・老々丸とその弟子からは、最後の頼みが若旦那だと必死の願いを聞き、母が若旦那の誕生した日を祝おうと言い出し、さらには若旦那を長く診ていた医者が引退するというニュース。
 
 今回は若旦那のための出来事が多かった。
誕生日の宴を開こうとして大ごとになってしまうところなど、まさに長崎屋といった感じ。
幼馴染の和菓子職人はもう名前しか出てこなくなり、新しい妖はどんどん増えていって、人間はもう数少ない。
人の営みは別のシリーズで、という区別がくっきりしてきた。