黒猫と歩む白日のラビリンス


 彼の存在は4年になるまでほとんど知られることがなかったくらい存在感がなかった。
詩集を発表してから、彼は突然時の人となり、3年後にまた突然姿を消した。
 ある日、「本が降ってくる夢を繰り返し見る」という学生の相談に乗った付き人。
だが間もなく、彼の詩集がばらまかれた場所で昏倒する事件が起こる。
贋作収集家の元で起こった密室の秘密、覆面アートは落書きか否か、など、現代アートをめぐる5つの謎。

 本編よりも黒猫の意思が多く表現されているので優しい気持ちでいられる。
悩む付き人にそっとヒントを手助けする様子が楽しそうで、その他の悩める教授や学生の起こす物騒な事件の印象を和らげていていた。

カレーの時間


 25歳の誕生日、うちで誕生日を祝ってくれるはずだった。
しかしそこに突然現れた祖父のおかげで一転して重い雰囲気となる。
そしてなぜか、年寄を一人にしておくのは危ないからと、僕・桐矢が同居することになってしまった。
ゴミ屋敷を片付けることから始まった同居は、苦手だと思っていた祖父の生きてきた歴史を知ることであり、家族の歴史を知る事であった。

 頑固で口うるさく文句ばかりの祖父に、最初はうんざりしていた桐矢だが、祖父がなぜそんな風になっていったのかを知っていくうちに考えが変わる。
男だから、男のくせに、男らしくと育ってきた祖父が、女ばかり生んだ祖母をどう思っていたのか。
母達との確執が解ける日が来るのか。
桐矢と祖父の両方の心の内を覗いているうちに、幸せの時間だったカレーを囲んでお互いの価値観がぶつかる。
世代が変わるとこうも考え方が違うのかと思いながら読んだ。

さまよえる古道具屋の物語


 ある日ふと気づく、いつからあったのかわからないけど古ぼけた佇まいの古道具屋。
そこを見つけたら入ってみたくなり、そして何かを買わされる。
人生の岐路に立った人たちが、絶望や苦悩を抱えた人ならば入ることができる店。
買わされたのは、絵がさかさまになった絵本、そこが抜けたポケットがついているエプロン、取っ手のないバケツ、穴がない貯金箱。
それらを買って、いいことがある人もいれば、堕落していく人もいた。
そして彼らはどこかでつながっていることが分かり始め、不思議な店は彼らにしか意味がないのだと気づく。

 時空を超えて現れる古道具屋が、客の好みも意見も聞かず商品を売る。
あなたに今必要なものだからと言われて困惑する人たち。
いい話で始まったからほっこりして読み進めると、ひどい話も出てくるので油断はできない。
繋がっているけど時間はまちまちなので、人物の関係図がどうなっているのか混乱した。

魔法使いと副店長


 買ったばかりの新居に妻と息子を残して単身赴任中の四十路男・藤沢太郎。
スーパーマーケットの副店長として日々頑張っているが、そんなある日、窓を破って一人の少女が押しかけてきた。
一緒にやってきたモモンガに似た小動物は目付け役だと話し出し、太郎は困惑する。
一人暮らしの男の部屋に、どう見ても10歳くらいの女の子が急に出入りしたら警察沙汰になる。
慌てる太郎に少女はなんと、自分は魔法使いの見習いだと話し出す。

 見た目よりも言動が幼い少女はアリス。
人間界に修行に来たという話はどう考えても胡散臭いが、ドタバタな日々で考える暇もなく、友達を作ったり公園で飛ぶ練習をしてみたりと振り回される。
ファンタジーというには現実っぽく、ライトノベルというにもなんだか社会人生活のしんどさもしっかりあって、ねじくれ家族小説というだけあってよくわからない。
少女の成長物語という感じで読めば単純に楽しめる。

誘拐屋のエチケット


 炎上やスキャンダル、またはほとぼりを覚ますためにや危険から身を守るため、誘拐屋と呼ばれる闇の職業の者が対象を誘拐し、運びます。
一人で仕事をこなしていた腕利きの誘拐屋・田村は、新人を育てるよう組織から指示される。
やってきた新人はおしゃべりで人懐っこく、涙もろくてすぐに同情しておせっかいを焼く困った奴だった。
契約外の仕事までやってしまう新人に、田村はいやいやながらもつい付き合ってしまう。
ところが二人は過去に意外なつながりがあった。

 誘拐という物騒な仕事だが、クールなはずの田村もいつのまにか新人に巻き込まれ、対象の事情を知ってしまう。
それぞれは関係のない人たちだったはずだが、最後の依頼で田村とつながってきて驚いた。
それでも軽い文章で暗さを出さず、ハードボイルドなはずの仕事も気軽に依頼できるような気がしてしまう。
雰囲気が似ていると思ったら「ルパンの娘」シリーズの人だった。

完全なる首長竜の日


 数年前に自殺を試みた弟は、そのまま植物状態となった。
そんな患者とコミュニケーションを取るために「SCインターフェース」が開発され、少女漫画家の主人公・淳美は、弟と対話を続ける。
しかし、そんなことを続けるうちに、淳美の意識に奇妙なことが起こっていく。

 第9回『このミステリーがすごい! 』大賞受賞。
バーチャルと現実が交錯し、次第に区別がつかなくなっていく物語はたくさんあり、結末も予想できるものだったが、文章も読みやすく技術の説明もくどくならない程度に短くて、その世界を堪能できた。
周りの登場人物もそれぞれに役割がちゃんとあり、一人一人を思い出しながら納得もできたし、混乱もなかったのでするっと読めた。

氷の致死量


 聖ヨアキム学院中等部に赴任した教師の十和子は、14年前に何者かに殺された女性教師・更紗が自分に似ていたということを知り、驚く。
見た目が特に似ているわけではないが、まとう雰囲気が似ているという。
十和子は、もしかして更紗も自分と同じだったのかもしれないと思い始める。
一方、殺人鬼の八木沼は、また一人、ある目的のために女を殺していた。
性的マイノリティのいろんな種類を描く。

 LGBTQ2+。次々と増える種類に、もうマイノリティという分類ではなくなっている感じがする。
昔の殺人事件も解決していない上に、脅迫や物騒な事故が続く。
十和子が乗り越えられない過去、生徒の親や別居中の夫もまとめて問題の多い人物ばかり。
ただ、最後にはちょっと意外な真実も出てきて、全体的に暗いイメージだけどちゃんと解決していた。

シャルロットのアルバイト


 元警察犬のシェパードであるシャルロットは7歳。
引退後をのんびり暮らしているが、ある日散歩のときに、迷子のトイプードルに出会ってしまった。
だけどその子は、昼間に外に出るのを怖がったり、人間の食べ物を欲しがったりして、ちょっと不安なことがある。
さらに、お向かいに越してきた新しい家族は、ホームパーティーにも参加しない隠れたもう一人がいるらしいし、動物病院で出会った人からは、突然アルバイトを持ち掛けられたりする。
夫婦の真ん中にいるシャルロットは、もうかけがえのない家族である。

 シャルロットを通して出会う人たちとの、ちょっと不思議な出来事。
言葉が通じない犬だけど、表情がわかったり、説得したり、いろんな謎を考えている。
犬好きなら癒されたり考えさせられたりと、きっと楽しく読める。

秋麗 東京湾臨海署安積班


 遺体らしきものが海に浮いていると通報があり、引き揚げた遺体はかつて特殊詐欺の出し子として逮捕された戸沢守雄という七十代の男だった。
殺人らしいということで安積たちが動いていると、死亡する前日に仲間と3人で釣りに出かけていることが分かる。
仲間の二人を訪ねたところ、二人とも自棄におびえていて、安積は関連がありそうだと調べを進めることにする。
そこから、殺された男がやっていた詐欺事件も含めた捜査が始まる。

 安定の安積班。
こちらもパターン通り、始めは関係ないちょっとしたもめ事や困りごとから始まり、最後になってそちらも事件とは関係なく終わる。
でもなぜか樋口班より印象が良い。
班の仲間たちや速水など、個性的な人物が集まっているせいかもしれない。

ペットシッターちいさなあしあと


 子供の頃事故にあってから、陽太は匂いで生き物の死期がわかるようになった。
それを生かし、妻と動物を愛する柚子川と、不思議な縁でまた出会った動物の声が聞こえるという薫と共に、ペットの看取りをする会社を立ち上げた。
いろんなペットの看取りに立ち会ううちに、陽太は自分の家族にもその匂いがあることに気づく。

 周りに自分の特技を披露したばっかりに、有名になり、拉致された経験を持つ陽太が、それでもその力を隠さず強みとしている。
いろんな看取りをするうちに、両親とのかかわり方や、父の言った言葉の意味などを考えてゆく陽太。
そして生と死の両方を自然に受け入れられるようになっていく。