平凡な革命家の食卓


 出世を目論む女性警察官・卯月枝衣子警部補29歳。
ある地味な市会議員が自宅で死亡した。一見普通の急性心不全で、事件性はないとみられたが、枝衣子はこれを事件性ありと強引に単独捜査を始めてしまう。
ところが、議員の主治医やその婦人との古い因縁に気づき、さらには向いのアパートの住人まで巻き込んで大騒動になってしまう。
本当はは本庁捜査一課へ栄転の足がかりとしてなにか目立つ功績を狙っていただけなのに、事件と共に恋人までゲットして、枝衣子の人生は大きく動き出す。

 退屈な出だしだったし、枝衣子よりもジャーナリストの柚香のほうが存在感があり、事件も平凡だったためにうっかり投げ出すところだった。
出世欲のために事件を捏造するんじゃないかと冷や冷やさせるような子供っぽい枝衣子かと思ったら、強かで勘も冴える優秀さ。
恋人のジャーナリストの穿った見方も楽しく、どこまでも深追いしたくなる人物と事件だった。
探偵の柚木も名前だけは出てくる。

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下)


 ハリエット失踪事件に関する膨大な資料を調べるミカエル。
一人では限界があると思いヘンリックの弁護士に相談すると、背中にドラゴンのタトゥーを入れた女性調査員・リスベットを紹介される。
リスベットの個性に驚きながらも、二人は気が合い、深い闇をもつヴァンゲル一族の謎へと分け入っていく。

 ミカエルが見つけたハリエットのメモと失踪当日の写真に写ったハリエットの姿から、ミカエルは恐ろしい真実をつかむ。
真相を見つけたとたんにミカエルは命を狙われ、リスベットと共に生還するまでを一気に読み進んだ。
大げさなほどの危機だが、途中では止まれないほど息をつめた危機だった。
そのせいか、生還後はもう余韻だと感じていたが、ヘンリックの依頼を受けるきっかけとなった事件がまだ終わっていなかった事をやっと思い出す。
それは後日談のように淡々と語られていたためにちょうどいい余韻のまま進み、やがてすべて解決した頃にはミカエルに起こった衝撃も薄れてきて落ち着いて読み終えることができた。

大雪物語


 ある冬、N県K町が観測史上初の大雪に見舞われる。
いろんな事情でK町に来ていた人たちは、住民とともに雪のK町に閉じ込められる。
 派遣切りにあい、ひったくりで金を稼いで逃げてきた男は、優しい独居老人の家で寒さをしのぎ、遺体を乗せた車で立ち往生しているドライバーと遺族は静かなやりとりで慰め合い、飼い犬が脱走して探していたら身動きが取れなくなり、通りがかった雪男みたいな人物に助けられた女子高生の安堵など。
雪で閉ざされた世界での6つの物語。

 大雪で孤立したK町の中では、普段では起こらない出会いが起こる。
人の力ではどうにもならないほどの大雪の圧迫感と、閉ざされて音がなくても明るい雪の中での奇妙な安心感が、不思議な心境を起こしている様子が分かりやすい。
短編集によくある、最後はみんなどこかでつながっていましたというような事もなく、ただ淡々と雪深い孤独をかみしめていた。
雪の温かさと白い闇の雰囲気が感じられる。

うしろから歩いてくる微笑 柚木草平シリーズ


 母と相性ピッタリだから結婚しろと迫る変わり者の美早から、娘の加奈子にダイレクトメールが届く。釘を刺しておこうと訪ねると、友人だという薬膳の研究家を紹介された。そして、10年前に失踪した同級生の目撃情報が鎌倉周辺で増えているので調べてほしいという依頼を受ける。
なぜ今頃になって突然目撃情報が増えたのか、鎌倉の<探す会>に向かったが成果はなく、それどころかその夜、訪ねた女性が殺されてしまう。
10年前の事件と今回の殺人は関連しているのか、柚木は月刊EYESに正式にオファーをもらい、本格的に調べ始めた。

 加奈子とのやり取りから始まり、人脈を広げていく柚木。
だがそこははやり変わり者の友人は変わり者であり、振り回されることを楽しんでいるようで、美女たちの自由に巻き込まれる柚木の声にしないツッコミがやけに面白い。
そして流されるままにいる間は勝手に事件は解決するように思えた。
しかし柚木は突然動き出し、そこからの彼は毎回驚くほど人を動かす。
今度の事件は苦しいほどの執念を持った人たちが一人の少女を救い、守り通したことで、柚木も手を出すことはやめているが、なんともむなしい後味を残すものだった。
でも柚木らしい引き際が見れたことで無力感はなく、むしろ区切りをつけられた満足感があった。

片思いレシピ 柚木草平シリーズ


 親友の妻沼柚子ちゃんと一緒に通ってる学習塾の先生が、誰かに殺されちゃった。
お人形のような可愛さで、毎日おばあちゃんの手作りの少女漫画風ドレスを着て学校にやってくる柚子ちゃんは、周りの目もまったく気にしないふんわりお嬢様。
そんな彼女の家族もやっぱり一風変わった人たちで、なぜだか妻沼家の家族と一緒に事件の捜査をすることになってしまう。
そして落ち着かないのは柚子ちゃんのお兄ちゃんとのカンケイ。
柚木草平の娘、小学六年生の加奈子が探偵の遺伝子を発揮する。

 初恋の爽やかな後味を残す、可愛い探偵。
柚木草平も電話で登場していて、加奈子とのやりとりは微笑ましい。
いろんなことをうやむやにしたい草平と、ザックリと切り返す加奈子のやり取りは、悲惨な事件の捜査のわりに吹き出しそうになるほど軽く、柚子ちゃんのゆるーい雰囲気と共に軽やかな読み応えで楽しい。
ただ、柚子ちゃんのお祖父ちゃんだけは最後まで胡散臭い。


捨て猫という名前の猫


 若い女の声で、月刊EYES編集部にかかってきた電話。
「秋川瑠璃は自殺じゃない。そのことを柚木草平に調べさせろ」
単なる女子中学生の自殺とされていた事件のはずが、とりあえず調べ始めた柚木は、事件とは断定できないが自殺ともいいにくい、というなんとも妙な感覚を抱く。
事件の日の足取りを追い始めた柚木の元へ、野良猫のように迷い込んできた青井麦という少女。そして亡くなった少女の母親、さらには通っていた七宝焼きの教室の女主人と、今度も女たちに囲まれる柚木。

 進むようで進まない調査にもどかしい思いをしながらも、女たちの言動から目が離せない。
それでも、いったいいつからこの企みが始まっていたのか、事件の詳細が分かってからも細部まで見逃さない柚木が語る推理には身の毛がよだつ。
美女に甘いのが悪癖でも、麦への対応は紳士だったりするから、冴子や小高は見放さないのだろう。

そして娘の加奈子が序章で言う一言が、柚木のすべてを表していた。
「パパって、話をはぐらかすのが、ほーんと上手だよね」

不良少女


 「刑事事件専門のフリーライター」と言ってはいても、仕事がなくて探偵業を引き受ける柚木。
かつての上司だった吉島冴子の姪に届いた奇妙な手紙を調査したり、夜のコンビニで出会った金髪の少女のお家騒動を探ったり、月刊EYESの担当の小高直海から依頼された先輩の家の犬と猫の死因を調べたりする。

 美女に惹かれる柚木の性格がとても分かりやすく、出てくる女性たちのタイプが全く違ったものであればただの女たらしだが、柚木の好みは一貫している。
結末はやり切れないものもあるがそれで悲観的にならず、柚木らしい客観性で距離をおいていているので、こちらも必要以上に感情移入しないで済む。
そして、これだけ酒癖も女癖も悪い柚木を許せてしまうのは、探偵業だけは手を抜かず義理も通し、決して間違えないような天才探偵ではなく、かっこ悪いミスも犯すといったちょっと情けない中年の描写が必ず入るからだろうか。

夢の終わりとそのつづき 柚木草平シリーズ


 警察を辞めて8か月、無職同然の生活をしていた柚木の元へ、美女が訪ねてきた。
依頼はただ、ある家から出てくる男を1週間尾行すること。
不審なくらい簡単な依頼に2百万の報酬。
柚木は2日、男を尾行するが、3日目、男は公園のトイレで遺体となって発見された。しかも、胃も腸も空っぽの衰弱死という状態で。
さらに依頼者の美女までもが死に、柚木は昔の伝手をたどって背後関係を調べ始める。

 デビュー前の作品に大幅な手を加えた文庫化で、当初は主人公も柚木ではなかったらしい。
でもその性格はしっかり柚木で、めんどくさい人物を煙に巻いたり、美女に逆らえなかったり、権力へ大博打を売ったりと、ハードボイルドを気取る柚木の特徴はしっかり作られている。
面倒ごとに首を突っ込み、女には口説き文句を、そして噛み合わないセリフで話の腰を折る。
口説き文句と微妙にずれた会話のうるささが丁度よい息抜きとなっていた。

出身成分


 平壌郊外の保安署員クム・アンサノは11年前の殺人・強姦事件の再捜査を命じられた。
記録はずさんとしかいいようがなく、記録した人物の署名すらされていない。
関係者の話を聞くべく現地に向かったアンサノは、11年たった今でも口を閉じ、真実を語りたがらない住人たちに困惑する。
出身であらゆるものが制限され、理不尽に抗う気も起らずに生きる人たちを見て、アンサノは父を思い出していた。
最上位階級である「核心階層」で、医師をしていた父の政治家への毒殺疑惑があってから、国の体制に疑問を持ち始めていたことに気づく。

 脱北者からの証言に基づいており、地味で複雑であると冒頭に書かれているが、決して単調でも地味でもなかった。
調べが進むうちに見えてくるものは、環境や教育の偏りが思考にこれほど影響するのかという驚愕と絶望。
ただ、同じように育ったアンサノがどこで人とは違った視点を持ち、北朝鮮以外の国ではごく普通とされる考えを持てるようになったのかが疑問として残り、時間をかけた周到な工作に力を貸した上司の悲しみが救われない。

イスランの白琥珀


 「オーリエラントの魔道師」シリーズ。
ヴュルナイは、幼い時国母イスランによってその力を目覚めさせられた。
その後大魔導士となり、いまわのきわのイスランに国の行く末を託されたが、後継者たちの裏切りにより命を狙われる。
辛くも生き延びたヴュルナイは、オーヴァイディンと名を変えて齢100を超える年になり、友となったエムバスと旅をしていた。
ある日、無実の罪で捕らえられた若い女族長を助けることになり、そこからオーヴァイディンは国を救う策をめぐらせ始め・・・

 魔導士となること、どうすればなれるのか、その秘密が長い旅の途中でわかる。
頑固で、関係のない人々には頓着せず、人助けも気が向いた時だけというひねくれた老人となったオーヴァイディン。
いつの間にかなくしていた白琥珀が、イスランの意思を示すときの衝撃は乱暴ともいえるほどだが、女族長との出会いがイスランとの誓いをオーヴァイディンに思い起こさせる。
この時を待っていたかのように。
人である故に持つ闇が魔導士という力になり、オーヴァイディンのしぶとさと賢さは、近くにいたらさぞめんどくさいだろうが、それ以上に頼もしいだろう。