追憶の烏 八咫烏シリーズ


 奈月彦と、浜木綿、そして愛らしい紫苑の宮との幸せなひと時。
そして雪哉は外界への遊学へ行き、何もかもが違う世界に一生懸命だった。
それが、一変する。

 シリーズが進むにつれて、毎回予想を裏切られる。
それも大きなショックを伴って。
今度も、雪哉の視野が広がった分、崩れたものも大きかった。
好きなシリーズで好きな登場人物もたくさんいるのに、愛着や執着を感じている者から切り捨てられるようで、苦しくて仕方がない。
美しい余韻を残した第1作目との落差が大きすぎるが、次に何を見させられるのかと興味も尽きない。
頭がついていかない程のスピードだった。

准教授・高槻彰良の推察4 そして異界の扉がひらく


 無事2年に進級できた深町に、高槻からバイトの話がやってきた。
子供の頃はやった、4時44分に、異界への入り口が開くという呪いをやってみたら、その後からおかしなことが続いているという建築事務所で働く女性からの依頼だった。
そしてしこで、とても貴重な出会いをする。
その人は、『青い提灯の祭り』に、行ったことがあるという。

 二人が出会う怪異が、だんだん物騒になっていく。
確かに深町が探していた『青い提灯の祭り』には近づいているが、危険にも近づいている。
人魚が目撃された地では、とうとう解決できない怪異にも出会ってしまった。
深町が卒業するまでには、二人が将来をつかみ取るための材料がそろっていそうだが、このまま異界へと取られる可能性もありそうでうすら寒い雰囲気が増してきた。
小話として挟まれた高槻のロンドンの頃の話では、その目の秘密が少し明かされる。


 森鴎外を父に持つ類は、すべてを受け入れて優しく頭をなでてくれる父が大好きだった。
父が亡くなり、潮が引くように人々が離れていってからは、父の遺産と印税で生きていけるため、働いたことすらなかった。
しかしそれでも世間の眼からは逃れられず、姉と共にフランスへ遊学する。
類にとってその時期は、幸せな時期となる。

 有名人の子供として生まれ、兄姉たちとの関係、そして自分にも何かの才能があるはずだと苦悩する姿を描く。
やがて絵を描くことから文章を書くことへと移り、それでも姉たちのように売れず、戦争で遺産も取られ、初めて社会人となる類。
人の一生をもれなく描いたというような、読み応えのある一冊だった。
なぜ鴎外ではなく息子を主人公にしたのだろうと思って読み始めたが、これほどの充実が得られるとは思わなかったし、自分もバーチャルで類の近くで生きたような気分になる。

准教授・高槻彰良の推察3 呪いと祝いの語りごと


 「不幸の手紙」を受け取ったという深町の友人の難波。
なんとなく嫌なことが重なって、気分が沈んでいる難波を、高槻の元へ連れて行った深町は、不幸の手紙にまつわる都市伝説を聞く。
そしてそのすぐ後、「図書館のマリエさん」に呪われたという女子中学生たちに会う。
なんでも、図書館の蔵書に隠された暗号を解かないと呪われるというものらしい。

 図書館にやってきた高槻と深町は、まだあまり知られていない都市伝説に出会うことになる。
呪われたという話だけ聞けば胡散臭いことこの上ないが、それを解く高槻はもう、怪異を求める好き者ではなく、探偵のよう。
しかも最初の「不幸の手紙」にもつながり、妙にすっきりする。
そして休暇で訪れた村では、思いがけなく殺人事件にも出くわしてしまい、スリルも大きい。
閉ざされた村に伝わる不気味な風習や因縁は、民俗学を扱う話には必ず出てくる不気味の代表であり、やっぱりこれもかなり不気味な話だった。

准教授・高槻彰良の推察2 怪異は狭間に宿る


 怪異を集めている青和大学の准教授・高槻彰良の元に、コックリさんにまつわる話が舞い込んだ。
子供たちがやったコックリさんが、今はいない同級生の名前を出し、さらに帰ってくれないままロッカーに住み着き、覗いたものをそのロッカーに引きずり込むという。
おびえる少女たちに優しく語りかけながら、高槻は「コックリさんに帰ってもらうための儀式」をすると言い出した。
 
 またもなじみ深い話題。
その10円玉がどうやって動くのか本当に不思議だった子供の頃を思い出すし、そこから発展して呪いにまでなってしまう経緯にも興味が沸く。
日常でちょっと怖いと思われている現象が、高槻の語りでしっかり学問になっていく様子も楽しく、もっと知りたくなる。
「常識担当」の助手・深町から見た高槻は時々頼りないけど、嘘に傷つく深町にまったくダメージを与えないのは高槻のすごいところでもあり、不思議な体質の二人のこれからも気になる。
民俗学というと古い時代の研究といったイメージだが、現代にもネタは豊富にあるようだ。

キノの旅XI the Beautiful World


 春。キノとエルメスが向かう国では、あちこちで火の手が上がっているようだった。
そして通りかかる軍隊。キノたちは、何が起こるのかを国の外でじっと見ていた。

 静かに語られる、いろんな国の”事情”
残酷だったり理解できない法律だったり、あるいは笑顔に隠されたやさしさだったり。
でもどの国の話もとてもシュールで、すべては教えてくれない。
そして毎回、その国に住んでいたらどうするだろうと考える。

圓朝


 近代落語の祖・三遊亭圓朝。
母に反対され、いろんなものを習ってきたが、やはり噺が好きだと噺家になった圓朝だが、あまりの上手さに師から妬まれ、嫌がらせをうけてしまう。
しかし、それならばと自ら作り出した怪談噺や人情噺で人気を博し、大勢の弟子を抱える一門とまで上り詰めるが、その人気の影にはそれ相応の苦悩もあった。

 伝説的な噺家の一代記。
師匠から疎まれてしまうほどの腕だが、その師匠からの仕打ちにどれほど傷ついただろうかと苦しくなる。
それでも好きな噺を辞められず、不思議な経験をしたことから集めだした幽霊話で「夏は怪談」という風習まで根付いてしまう。
弟子に向ける言葉が優しく、噺のことばかりを考え、やがて本にまでなる大成功だが、引退を決意する事件にはこちらも泣きそうになる。
どんなことを考えてきたのかはよく書かれているが、仕事とは離れた人となりの点ではつかみどころがない印象で、夢中で読めるが感情移入はしない。

星砕きの娘


 第4回創元ファンタジイ新人賞受賞作。
鬼に攫われ、暗い岩の底で奴隷となりながらも心を壊さないでいた少年・弦太が、ある日、弦太は川で蓮の蕾を拾う。
砦に戻るとその蕾は赤子になっていた。
不思議なことに蓮華と名付けたその赤子は、<明>の星のめぐりと共に赤子と少女を繰り返す。
弦太が囚われて七年後、ようやく都からの討伐軍により弦太たちは解放されるが、蓮華と共に家に戻った弦太にはさらなる試練が待っていた。

 暗い砦にとらわれながらも自我を放棄せず、解放されて力を振るう様子は「鹿の王」と似た流れ。
しかし鬼や技術、服装、信仰などから古い日本の様子を想像させる。
そして読みやすく、世界感に没頭しやすいため一気に読める。
知恵や力をつけていく様子も細かく描かれていて成長が楽しめる。
個人的には、蓮華に優しくはないが面倒は見ていた笛詰が好印象。

烏百花 白百合の章


 第一部の頃、傍らで起こっていた出来事のいくつかを、それぞれの視点で描いた短編集。
西の本家では、新たに18番目の側室となるべくやってきた環が、なんとしても受け入れてもらわなければと意気込んでいて、南家で生まれた姫は政治に利用されまいと力を貯め、東の地では楽の才がありながらも実がないと言われて落ち込む青年があり、北領では力はあるが将来を決めかねている少年がいた。
東西南北それぞれの領地で育った若い烏たちの、頼もしい話。

 奈月彦の話が最後に語られ、それはそれは微笑ましい姿を見せてくれた。
それぞれの領地ならではのことが垣間見れて楽しく、また景色や衣装の表現が美しい。
なかでも灯篭の話で出てきた金魚の回り灯篭は、想像するだけで素晴らしいものを見た気になり、欲しくなった。
2部の最初に抱いた不穏なイメージがこれからどう変わるのか、烏たちの今後が楽しみになる。

コロナ黙示録


 中国での医師の気づき、クルーズ船でのクラスターに続き、桜宮市に新型コロナウイルスがやってきた!
首相がやらかしたことへの”忖度”合戦と、どこまでも甘い見込みしかできない日和見官僚、そして決断力のない政治家たちにオリンピックは救世主となるのか。
病院で起きていることが理解できない政治家が出すトンデモ指示と、明後日の方向を向いた政策を、笑う余裕もない医療現場で田口センセと白鳥、そして速水が走る。

 ここまで官僚と政治家をコケにして焚書になったりしないんだろうかと心配するくらいの悪口で、苦笑いしか出ない。
田口センセは相変わらず高階学長の丸投げに振り回されてコロナ対策の責任者になるが、それでもだんだん勝手に動き回れるようになったおかげで速水との再会も果たせた。
有事の際にすっぱり決断して動ける人たちのおかげで今生きていられるのだと思ったら、政治家などなんて無駄な生き物なのかと思いそうになる。
そして、まだ途中経過なはずのコロナをもうネタにしたのかと機動力に驚き、だけど悪口が多すぎて気分が悪くなる。
これは極端な評価が付きそうな本。でも一過性で長くは話題にならない感じ。