婿どの相逢席


 小さな楊枝屋の四男坊・鈴之助は、好き合ったお千瀬と結婚でき、うれしさでいっぱいだった。
ところが、お千瀬の実家である大店の仕出屋『逢見屋』に婿入りとなった鈴之助は、驚くことを知らされる。
そこは、女が仕切り、女が最も偉い家だった。
表向きは主人となるが、商売の一切は蚊帳の外、仕事もなく、ただ無為に過ごすことだけを望まれ、鈴之助は途方に暮れる。

 逆玉の輿のつもりが、婿入り早々隠居暮らしとなった鈴之助。
だが前向きな鈴之助は、可愛い妻を助けつつ、暇なことをいいことに、気になることにどんどん首を突っ込んでいく。
鈴之助の穏やかで人を安心させる性格が、あちこちで幸せの種となっていく様子がとても気持ちがいい。
捻くれた人も多く出てくるが、そうなってしまった原因をときほぐしていく鈴之助の言動が、やがて『逢見屋』にも変化をもたらしていきそうだ。

白光


 日本人初のイコン画家として生きた山下りん。
明治、日本女性初としてロシアの女子修道院に渡ったが、美術を学ぶつもりであったりんは、修道院でのやり方になじめず、5年の任期を待たずに帰国する。
それでも、聖像画師として30年以上を過ごしたりんは、300点以上の絵を描いた。
自分の求める絵の技術と、信仰のための絵との隔たりに苦悩しながら生きた、一人の絵師の物語。

 本当は美術を学びたかった。
けれど周りが求めていたのは信仰となる絵であった。
そのため留学先でも指示されることに納得できず、やがて体が拒絶する。宗教画には無用の絵師の個性が抑えられずに苦悩するりんの様子が痛々しい。
そして、どんなことがあっても絵を描き続けるりんの強さが最後まで貫かれていて、イコン、正教の日本での歴史、大聖堂の描写、様々なことを調べながら、長さも気にならず一気に読んだ。

老虎残夢


 第67回 江戸川乱歩賞受賞作。
師父から、奥義はこれから集める3人の中から選ぶと伝えられ、唯一の弟子である紫苑は戸惑う。
そして集められた師父の知己たち。
しかし再会の宴の後、湖の孤島に立つ楼閣へ戻っていった師父は、毒を盛られ、腹を刺された状態で死んでいるのが発見される。
孤児だった紫苑を拾って技を仕込み、血のつながらない少女を娘として育てた武術の達人の死が殺人なら、仇を撃たなければならない。

 集められた者たちとのやり取りの中で紫苑が考える疑問や可能性は、専門知識を持たなくてもたどり着ける理論でわかりやすい。
そして雪で閉ざされた孤島で起こる事件として密室殺人は王道なのに、特殊な武術のせいで大きく雰囲気を変えている。
最後には師父の執念が強く立ち込めてきて怖くもなるが、後を引く不快さはなく、ずっしりと長い冒険をした気分になって終わる。

善人長屋


 巷で噂の「善人長屋」。
本当は裏にも家業がある者たちばかりなのだが、その反動か、日ごろの行いは善い事に偏ってしまうためそんな二つ名がついていた。
そこへ新しい店子がやってくる。
人違いで入居してしまった鍵職人の加助は、どう見ても善人だった。

 掏摸に盗人、情報屋に美人局、いろんな悪党が集まっている長屋に、たった一人、手違いで加わってしまった加助のせいで、皆は隠すのに大変気を使うことになる。
しかも加助は大げさなほど人助けをしてしまうせいで、長屋の連中は人助けのために悪事をするというありさま。
でもその加助のおかげでいろんな縁もつながり、知己に再会したり、過去の因縁を振りほどいたりと妙に良い方向へ進む。
長屋の人たちの近所付き合いが楽しく、人情味もたっぷりあって読みごたえもあり、でも重くなくてさっぱりとしていて気持ちがいい。

久遠の島 〈オーリエラントの魔道師〉シリーズ


 世界中のあらゆる書物があり、本を愛する者のみが立ち入りを許される島<久遠の島>。
千年ほど前に、力のある魔導士たちが作り出した「知」の島に、ある日よからぬ企みを持って入りこんだある国の王子がいた。

 久遠の島に蓄えられた洪水のような知識が起こす出来事が語られるのかと思っていたら、早々に島は崩れ落ちてしまう。
その喪失感に呆然としながら読み進むと、知識、知恵、技、術といろんな出来事と情報でおぼれそうになりなる。
ファンタジーだけど仕事に向き合う情熱と知恵を教えられ、知らない土地の持つ習慣や装いを想像し、職人たちの技と工程を思い浮かべながら読んでいると、400ページ以上あるのにあっという間に終わる。
魔導士たちのいろんな技も、動きや効果を想像して楽しくなるし、魔導士の力の種類ももっと増えていきそうでワクワクする。
これに続く話となる「夜の写本師」ももう一度読みたくなった。

じい散歩


 明石家の主・新平は90歳手前で散歩が趣味。
老妻は近頃認知症の症状が出始め、新平の浮気を疑って時々しくしくと泣き出したりする。
さらに3人の息子は50ほどになっても一人も結婚しておらず、長男は引きこもり、次男は自称・長女、三男は甘ったれの借金まみれである。
そんな家族で問題ばかりだが、新平はカラッと笑って今日も面白い建物や美味しいものを探して散歩に出る。

 新平の朝のルーティンから始まり、妻・英子とのなれそめや仕事の様子など、新平の人生を振り返りながら、散歩で出会う珍しい建物や景色に癒される。
事件は起こらないが退屈ではなく、むしろ淡々と語られる新平の周辺の出来事がやけに楽しい。
家族や新平が関わってきた人たちそれぞれの人となりも良く描かれていて、一緒に歩きながら次々と紹介してもらっているよう。
散歩のスピードでゆっくりと楽しめる。

ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介


 高円寺南商店街で小さな仕立て屋を営む桐ヶ谷京介は、美術解剖学と服飾には自信があり、服の痛みやシワを見ればその人の病気や暴力の影が見える。
ある日偶然テレビの未解決事件の公開捜査番組を見かけ、その被害者である少女の着ていたワンピースから目が離せなくなった。
桐ヶ谷は同じ商店街にあるヴィンテージショップの店主・水森小春に意見を求め、見つけた事実を元に警察に情報提供をするが、全く取り合ってもらえない。
二人は、自分たちでできることをしようと動き出す。

 『法医昆虫学捜査官』シリーズと同じテイストだが、いろんな知識がちりばめられていて興味が尽きない。
もちろん個性的な登場人物もいるし、予想もしないところからの事実も出てくるし、驚きでいっぱいだった。
悲しい事実のせいで一番薄まっているけど、主人公の桐ヶ谷の性分の印象強さも相当だ。
そしてそんな専門的な知識を自信にしている彼らの矜持を一言で表す名言もあった。
「この謎がわからないようなら、わたしらは実践で使い物にならないプロ気取りの雑魚」

明治銀座異変


 横浜の本町通り、馬車で通りかかった西洋人を、3人の侍が切りかかり殺してしまう。
必死で逃げる奥方と青い目の小さな子供。
しかしその事件は、犯人が捕まらないまま17年の月日が流れた。
 開化日報記者の片桐は、14歳の見習い探訪員“直太郎”と共に御者が狙撃され、暴走した鉄道馬車に出くわす。
止めようと駆け出す直太朗と、乗客だった一人の女性によって、暴走は止められたが御者はそののち死に、狙撃事件として新聞のネタになることになった。
片桐と直太朗、そして乗客の女性・咲子は、事件を追ううち17年前の事件との繋がりを見つけてしまう。

 舞台は前作より前の話。
一見やる気のなさそうな片桐と、”腕白”な直太朗のやり取りが微笑ましく、そこに加わる咲子の聡明さが際立つ。
手がかりの少ない事件だが、事実がわかり始めると止まらない。
理由もなく殺された西洋人の来し方が分かるにつれ暗い気分になってくるし、その尻拭いを丸投げされてしまう片桐のやるせない苦悩が息苦しい余韻となる。
それでも、時々姿を見せる久蔵に親しみを感じてしまうし、咲子の後の人生は力強いとわかっているから気持ちは沈まない。

歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ


 地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館苑〈アフロディーテ〉では、創立50周年記念のフェスティバルが計画されていた。
企画に沿って集められる美術品。その中で、実は巧妙なトリックですり替えられた贋作が混じっていたことが発覚する。
さらに、遮断された地域で守られている遺伝子操作された生物たちや、以前のように輝く笑顔に向き合えなくなった写真家、後悔のぬぐい方を知らない者など、あらゆる人たちを引き付ける。

 様々に揺れ動く感情と、膨大なデータベースを持つ最新の技術たち。
正反対に位置するようなものを同時に並べているのに、違和感なくすべてを素晴らしいと思える環境。
 ふれあいを知る術がなくて打ちひしがれるAIやカルタヘナ法をすり抜けて作られた美しいタマムシ、小型ドローンの<虫>や<鳥>、面白い技術がたくさん出てくるので飽きないし、そのうえで大事にされているのは人の心だったりする。
そんな〈アフロディーテ〉は、突拍子もない魔法みたいなものではなく、もうすぐ実現しそうだと思えてきてわくわくする。

二重拘束のアリア: 賞金稼ぎスリーサム!


 国際指名手配のテロリストを追い詰めたことで多額の報奨金を手に入れた3人は、日本初の刑事事件専門調査会社「チーム・トラッカー」を立ち上げた。
そして初日に訪れた依頼人は、ある事件の遺族だった。
夫婦で殺しあったというその事件は、心中とは違い、お互い殺意を持っていたと思われる。
聞き込みを始めた3人は、異様なその雰囲気に飲み込まれそうになる。

 仲の良い夫婦だったはずの二人が、お互いが死ぬまで傷つけあったという事実が、不気味さを広げる。
調査の前半はまさに骨折り損のようで疲労感も漂うが、そのうち全く思いもよらない事実が浮かび上がり、うすら寒い気持ち悪さでいっぱいになり、それでもどうにかしたくて目が離せなくなる。
そんな流れが、読みやすいテンポでさらさらと続く。
犯罪者をただただ捕まえたり死なせて解決するより現実的な終わりなのも頼もしさを感じさせ、3人の濃いすぎるキャラも前作より違和感なく受け入れられた。