幽霊絵師火狂 筆のみが知る


 料理屋「しの田」のひとり娘である真阿は、胸を病んでいると言われ、外に出ずに部屋で寝ているか本を読んでいることが多かった。
ある時、江戸からやってきた有名な絵師だという火狂が居候をすることになる。
火狂は怖い絵を描くというが、真阿は彼の絵が気に入り、時折部屋へ訪ねて行っては絵を見せてもらっていた。
そして真阿は、夢を見るようになる。

 その夢は、火狂の絵と呼応するように人や景色を見せる。
体が大きく、みすぼらしい姿をしている火狂なのに、よく笑い、真阿には優しい。
二人の不思議なやりとりが短いのに核心をついているし、若い真阿が気づいたことと、父ほどの年の火狂が考える事の違いが比較されてなるほどと思わせる。
そして他人事なのにわざわざ出かけて行って事情を探ってくる火狂。
悲しい出来事と優しい人の話で、予想外に心に残る本となった。

空を駆ける


 会津藩士の父のもとに生まれたカシは、幼い時戊辰戦争を生き延びた。
しかしその後は横浜の生糸問屋へ養子に出され、さらに父によりアメリカ人女性宣教師メアリー・キダーが創立した女子寄宿学校フェリス・セミナリーへ入学となる。
生家はあるのに2度も父から捨てられたと感じるカシは、常にホームを求めていた。
やっと手に入れたフェリス・セミナリーでカシは学び、女性の自立こそがこの国の未来を切り開くと感じ始める。

 フェリスで思う存分学びながらも、やっぱりホームを求めてしまうカシ。
そこで出会った学友たちとの交流で、彼女は大きな翼を手に入れ、生涯の仕事と伴侶を手にする。
幼いころの出来事から、成長するにしたがって変わってくる考え方や好み、そして出会いと感情をいっぱい詰め込んであって、最後ま充実していた。
表紙の明るく爽やかなイメージのままで、まさに駆け抜ける。
とても楽しい時間だった。

広重ぶるう


 定火消同心の子として長屋で生まれた重右衛門は、幼いころから絵が好きだった。
町絵師なら簡単になれると思い人気の豊国に師事しようと訪れたが門前払いされ、銭を稼げるならだれでもいいと、次に豊弘の門をたたいた。
しかし、広重という名をもらい、独り立ちしても一向に売れず、美人画は「色気がない」、役者絵は「似ていない」と酷評されるしまつ。
貧乏暮らしの中、ある日なじみの版元である喜三郎から見せられたうちわ絵に衝撃を受ける。
それは、まだこの国ではで広まっていない、ベルリンから来た顔料「ベロ藍」だった。
広重は、この青でしか描けない江戸を書きたいと、生涯思い続ける。

 これはじっくり読みたいと思っていたのに、気づけば止められなくなっていた。
そういえば北斎の話も、娘のお栄の話も、国貞の話も読んだことがある。
江戸の絵師、浮世絵師の話は多く、そのどれもがエネルギーにあふれていて面白い。
苦悩し、腐ったりもしたけど誰からも見捨てられないのは広重の人徳。
ベロ藍で刷られた空や川の色を実際に見てみたい。

婿どの相逢席


 小さな楊枝屋の四男坊・鈴之助は、好き合ったお千瀬と結婚でき、うれしさでいっぱいだった。
ところが、お千瀬の実家である大店の仕出屋『逢見屋』に婿入りとなった鈴之助は、驚くことを知らされる。
そこは、女が仕切り、女が最も偉い家だった。
表向きは主人となるが、商売の一切は蚊帳の外、仕事もなく、ただ無為に過ごすことだけを望まれ、鈴之助は途方に暮れる。

 逆玉の輿のつもりが、婿入り早々隠居暮らしとなった鈴之助。
だが前向きな鈴之助は、可愛い妻を助けつつ、暇なことをいいことに、気になることにどんどん首を突っ込んでいく。
鈴之助の穏やかで人を安心させる性格が、あちこちで幸せの種となっていく様子がとても気持ちがいい。
捻くれた人も多く出てくるが、そうなってしまった原因をときほぐしていく鈴之助の言動が、やがて『逢見屋』にも変化をもたらしていきそうだ。

白光


 日本人初のイコン画家として生きた山下りん。
明治、日本女性初としてロシアの女子修道院に渡ったが、美術を学ぶつもりであったりんは、修道院でのやり方になじめず、5年の任期を待たずに帰国する。
それでも、聖像画師として30年以上を過ごしたりんは、300点以上の絵を描いた。
自分の求める絵の技術と、信仰のための絵との隔たりに苦悩しながら生きた、一人の絵師の物語。

 本当は美術を学びたかった。
けれど周りが求めていたのは信仰となる絵であった。
そのため留学先でも指示されることに納得できず、やがて体が拒絶する。宗教画には無用の絵師の個性が抑えられずに苦悩するりんの様子が痛々しい。
そして、どんなことがあっても絵を描き続けるりんの強さが最後まで貫かれていて、イコン、正教の日本での歴史、大聖堂の描写、様々なことを調べながら、長さも気にならず一気に読んだ。

老虎残夢


 第67回 江戸川乱歩賞受賞作。
師父から、奥義はこれから集める3人の中から選ぶと伝えられ、唯一の弟子である紫苑は戸惑う。
そして集められた師父の知己たち。
しかし再会の宴の後、湖の孤島に立つ楼閣へ戻っていった師父は、毒を盛られ、腹を刺された状態で死んでいるのが発見される。
孤児だった紫苑を拾って技を仕込み、血のつながらない少女を娘として育てた武術の達人の死が殺人なら、仇を撃たなければならない。

 集められた者たちとのやり取りの中で紫苑が考える疑問や可能性は、専門知識を持たなくてもたどり着ける理論でわかりやすい。
そして雪で閉ざされた孤島で起こる事件として密室殺人は王道なのに、特殊な武術のせいで大きく雰囲気を変えている。
最後には師父の執念が強く立ち込めてきて怖くもなるが、後を引く不快さはなく、ずっしりと長い冒険をした気分になって終わる。

善人長屋


 巷で噂の「善人長屋」。
本当は裏にも家業がある者たちばかりなのだが、その反動か、日ごろの行いは善い事に偏ってしまうためそんな二つ名がついていた。
そこへ新しい店子がやってくる。
人違いで入居してしまった鍵職人の加助は、どう見ても善人だった。

 掏摸に盗人、情報屋に美人局、いろんな悪党が集まっている長屋に、たった一人、手違いで加わってしまった加助のせいで、皆は隠すのに大変気を使うことになる。
しかも加助は大げさなほど人助けをしてしまうせいで、長屋の連中は人助けのために悪事をするというありさま。
でもその加助のおかげでいろんな縁もつながり、知己に再会したり、過去の因縁を振りほどいたりと妙に良い方向へ進む。
長屋の人たちの近所付き合いが楽しく、人情味もたっぷりあって読みごたえもあり、でも重くなくてさっぱりとしていて気持ちがいい。

久遠の島 〈オーリエラントの魔道師〉シリーズ


 世界中のあらゆる書物があり、本を愛する者のみが立ち入りを許される島<久遠の島>。
千年ほど前に、力のある魔導士たちが作り出した「知」の島に、ある日よからぬ企みを持って入りこんだある国の王子がいた。

 久遠の島に蓄えられた洪水のような知識が起こす出来事が語られるのかと思っていたら、早々に島は崩れ落ちてしまう。
その喪失感に呆然としながら読み進むと、知識、知恵、技、術といろんな出来事と情報でおぼれそうになりなる。
ファンタジーだけど仕事に向き合う情熱と知恵を教えられ、知らない土地の持つ習慣や装いを想像し、職人たちの技と工程を思い浮かべながら読んでいると、400ページ以上あるのにあっという間に終わる。
魔導士たちのいろんな技も、動きや効果を想像して楽しくなるし、魔導士の力の種類ももっと増えていきそうでワクワクする。
これに続く話となる「夜の写本師」ももう一度読みたくなった。

じい散歩


 明石家の主・新平は90歳手前で散歩が趣味。
老妻は近頃認知症の症状が出始め、新平の浮気を疑って時々しくしくと泣き出したりする。
さらに3人の息子は50ほどになっても一人も結婚しておらず、長男は引きこもり、次男は自称・長女、三男は甘ったれの借金まみれである。
そんな家族で問題ばかりだが、新平はカラッと笑って今日も面白い建物や美味しいものを探して散歩に出る。

 新平の朝のルーティンから始まり、妻・英子とのなれそめや仕事の様子など、新平の人生を振り返りながら、散歩で出会う珍しい建物や景色に癒される。
事件は起こらないが退屈ではなく、むしろ淡々と語られる新平の周辺の出来事がやけに楽しい。
家族や新平が関わってきた人たちそれぞれの人となりも良く描かれていて、一緒に歩きながら次々と紹介してもらっているよう。
散歩のスピードでゆっくりと楽しめる。

ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介


 高円寺南商店街で小さな仕立て屋を営む桐ヶ谷京介は、美術解剖学と服飾には自信があり、服の痛みやシワを見ればその人の病気や暴力の影が見える。
ある日偶然テレビの未解決事件の公開捜査番組を見かけ、その被害者である少女の着ていたワンピースから目が離せなくなった。
桐ヶ谷は同じ商店街にあるヴィンテージショップの店主・水森小春に意見を求め、見つけた事実を元に警察に情報提供をするが、全く取り合ってもらえない。
二人は、自分たちでできることをしようと動き出す。

 『法医昆虫学捜査官』シリーズと同じテイストだが、いろんな知識がちりばめられていて興味が尽きない。
もちろん個性的な登場人物もいるし、予想もしないところからの事実も出てくるし、驚きでいっぱいだった。
悲しい事実のせいで一番薄まっているけど、主人公の桐ヶ谷の性分の印象強さも相当だ。
そしてそんな専門的な知識を自信にしている彼らの矜持を一言で表す名言もあった。
「この謎がわからないようなら、わたしらは実践で使い物にならないプロ気取りの雑魚」