隠居おてだま


 優雅な余生を送るはずだった老舗糸問屋・嶋屋元当主の徳兵衛。
しかし孫の千代太が犬猫にとどまらず人の子までも拾ってくる。そのため静かなはずの隠居屋は常に賑やか。
さらにそこでの出会いが新しい商いを生んだり、徳兵衛は忙しい毎日に充実していた。
しかし、家族に起こった問題ごとに気づかず、徳兵衛は家族との最大の危機が待ち受けていた。

 隠居はしても、何もないとただ暇を持て余す。
そんな生活に張りを与えていたのが、新しい商いと孫を含めた子供たちだった徳兵衛。
そんな彼が、何よりも苦手な恋路の問題に悩まされることになった。
頑固で意固地な自分を自覚しながらも、どうしていいかわからずにいる様子は微笑ましいが、当事者となると大変迷惑なもの。
だけどそれを溶かすのもまた家族で。
最後は優しく降る雪がすべて洗い流してくれたよう名ほっこりした場面で終わる。

編集ガール!


 出版社の経理部で働く久美子。気まぐれで書いた提案書がワンマン社長の目に留まり、急遽編集長を言い渡された。
編集経験皆無の久美子と、同じく他の課から集められた素人集団で、新しい雑誌を作ることになり、戸惑う久美子。
しかも彼氏の学まで部下となってしまう。
唯一編集の経験がある学に頼る久美子だが、女性誌なのにどうも目線が違う方向へ行こうとしている。
無事創刊できるのか、誰もがいっぱいいっぱい。

 お仕事小説。
似たようなドラマを見た気がするが、違うものだった。
そして軽くてどんどん読めるのであっという間に終わる。
ピンチもあるが、最強の隠しコネのおかげですんなり片が付く。
とても分かりやすい結末だった。

雨だれの標本 紅雲町珈琲屋こよみ


 雨の続く梅雨、お草が営む珈琲豆と和食器の店・小蔵屋では、ゴミが荒らされる日が続いた。
黒い自転車で走り去る人影を目撃して怖くなっていたが、お草はある日散歩の途中である小屋の隅で自分のゴミを見つける。
さらに、小蔵屋がある映画の撮影予定地となり、噂を聞きつけた近所の人たちの注目の的になってしまう。
だが監督と面会すると、彼はお草に頼み語ををした。
ある人物を探してほしいと。

 小蔵屋の周りがまた騒々しくなる。
不審者の素性はすぐにわかるが、それでも騒動は収まらず、久美と一ノ瀬の問題にまで発展し、お草は心が休まる日はない。
それでも毎日暮らしていかなければならず、お草は思うようにいかなくなってくる体と共に静かに祈り、でもちゃんと行動を起こす。
今回は一つ一ノ瀬が大きな決断をし、ふわりとした気分で終われると思ったら、なんだか賑やかだった。

円朝の女


 三遊亭円朝と深い関係にあった女たち5人を、弟子の五厘が語る。
江戸から明治に変わる頃、身分違いの恋や全盛を支えた女、養子として育て、円朝の最後を看取った女など、円朝自体ではなく、彼の周りを彩った女たち。
長く一緒にいた弟子だからこそ知っている事を、高座で語りかける口調で紹介していく。

 円朝本人の話ならたくさんあったけど、彼の周りの人間だけを語る話は珍しい。
しかもそれがどれも女とくれば、興味は大きくそそられる。
傍から見た円朝の様子は年と共に印象も変わり、それもまた観察できて面白かった。

走馬灯交差点


 ロクデナシの父親から急に呼び出されて行った先には、見ず知らずの女性の死体があった。
なぜか通報もせず死体を捨てに行くことになってしまった朝陽。
 殺人事件を捜査中の刑事が、橋から突き落とされて死んでしまう。
いくつかの殺人が入り乱れる、まさに交差点。

 関係する人たちが順に入れ替わり、それぞれまた殺人を犯す。
もはや誰が誰で、中身が誰の時に誰を殺したのか混乱しながら読むしかない。
独り言が多くてそれも混乱をさらに大きくしていくため、一層複雑になっていき、解決するのか不安になってくる。
それでも一応は説明がされるが、その頃にはもうすっかり訳が分からなくなっていた。

エンドレス・スリープ


 大井の港湾倉庫で火災が発生した。ただの火災かと思っていたら、そこから冷凍された5人の死体を発見する。
最初に身元が判明したフリーライター・如月啓一が書いたと思われる原稿には、6人の素性が書かれており、警察はそこから身元を特定し、なぜ冷凍されていたのかを調べ始める。
少しずつ公表される如月のブログと警察の調べが交互に描かれ、冷凍されていた経緯や身元などが分かり始めると、より一層不気味な謎が深まってく。
彼らはなぜ、冷凍されていたのか。

 一人ずつ判明していく死体の素性。
彼らは皆、死の間際にいたことが分かる。
そして彼らの、身震いを起こすほどの死への恐怖が伝わってきて恐ろしくなる。
ただ、警察の視点で描かれている部分がそれを中和させてくれいて、ホラーの部分が薄まっていたために読みやすかった。
コールドスリープ、不死、延命、緩和ケアなど、死を考える題材にはいいかもしれない。

神の呪われた子 池袋ウエストゲートパーク19


 新興宗教「天国の木」に走った母親に振り回され、薬も病院も連れて行ってもらえずに、週末は布教活動に振り回されている女子高生のルカ。
50代の教祖の次の花嫁候補となってしまい、マコトはなんとか逃れようとするルカに手を貸すことを決める。
 転売目的でビンテージのウイスキーを狙い、小さなバーに嫌がらせを始める悪質なバイヤー。
闇バイトの連続強盗団などが登場する4編。

 宗教二世、闇バイトや転売ヤー、個人情報を盗み取る行き過ぎたファンなど、今回も今問題になってることがテーマ。
タカシとマコトのやり取りもいつも通り。
そしてタカシの強さも描かれている。その分マコトの知恵は今回はあまり出てこなかった気がした。

残照 アリスの国の墓誌


 新宿ゴールデン街に店を構えるバー『蟻巣』の最後の日。
マンガ家・那珂一兵が亡くなってからもミステリ好きの常連が集まったこの店で、彼らは思い出に浸る。
そして話題は、一兵のマネージャーをしていた姉の千鳥と、祖母の死における残りの謎に向かう。

 家を飛び出して似顔絵書きをしていた一兵が、有名漫画家となり、すでに死していたことに衝撃を受ける。
そして彼の生涯で付きまとった身近な人の死の謎と姉への思い。
今度も切なさがたくさん入っていた。
探偵役として登場しているもう一人の様子も気になるが、そちらは今後登場するのだろうか。

スナック墓場


 妹はいくつかの指がないけれど、それを少しも恨むことはなく、いつも朗らかに笑っている。
きれいにすることが楽しい職人気質の夫婦のクリーニング店にやってくる女は、なぜか下着も持ち込んでくる。
工場のラインで働く、二人の女性。
どれも女性が日々の中でふと感じる事が、静かに語られた短編集。

 特に事件が起こるわけでもない、静かな毎日を切り取った小編なので、いつ終わっても良いし続いても良いような話ばかり。
印象に残るようないい話でもない。
ただ、時々起こる発作で商店街をめぐるオジサンを、皆が順番にバトンのように話を繫げて無事に家まで戻す話だけは面白かった。

馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ 〈昭和ミステリ〉シリーズ


 昭和36年、中央放送協会(CHK)でプロデューサーとなった大杉日出夫から、ミステリドラマの脚本を手がけることになった風早勝利。
キャストをそろえ、様々なトラブルを乗り越えたクライマックスで、主演女優が殺害されるという事件が起こる。
現場のスタジオには大勢の人がいたのになぜ!
風早と那珂一兵は、大きな密室となったスタジオでの事件に挑む。

 一兵と風早、大杉、瑠璃子と、おなじみの顔がそろう。
今度も辛い過去を覗くことになり、それやはっぱりよく知った顔。
事件は解決しても切なさが残るのは毎度同じで、今回はある程度覚悟ができていたためダメージは少なかった。
それと、これまでよりはマイルドなイメージ。
ラジオがメインだった時代に、テレビの世界へ飛び込んだ大杉たちの大きな挑戦の話。