写楽女


 寛政六年春、日本橋通油町にある地本問屋の「耕書堂」で女中として働くお駒。
ある日買い物に出る途中に見かけた、この辺りでは見ない雰囲気の男。
その人は、「耕書堂」の主・蔦屋重兵衛から写楽と名付けられた絵師だった。
五月興行が始まり、「耕書堂」に並んだ錦絵は人々を驚愕させる。
気を良くした重兵衛は、次の興行で売り出す絵の手伝いをお駒に命じ、それからはひたすら線を描く練習を始める。

 写楽の物語の中では割と軽めのお話。
写楽の人物像も、秘められた謎の人物というより寡黙で実直な部分を強調してあり、さらにお駒は北斎の幼馴染としている。
当時名を馳せた絵師たち。そしてその中で、写楽に寄り添った女の話として、お駒から見た絵師たちの時代を描く。
読みやすく、また登場人物の個性がはっきりしていて悲壮な部分もなく、ただ錦絵の世界を楽しめる。

赤い部屋異聞


 ある喫茶店の二階に、退屈した人々が集い、珍奇な話や猟奇譚を披露する「赤い部屋」がある。
そこである新人が、自分は99人を殺してきたと語る。
江戸川乱歩の名作短篇「赤い部屋」をオマージュした、不思議でちょっと怖い話。
他にも、作者が敬愛する作品たちのオマージュが集められた短編集。

 ちょっと不気味な話が多い。
作品ごとに元ネタと共に解説があるため、元の話も気になってしょうがなくなる。
それでもそんなことは関係なくただ不思議で不気味な物語を楽しめる。
特に最後の「迷探偵誕生」が面白かった。

口出し屋お貫


 三度目の奉公先を勢いで辞めてきたおれん。
毎回仕事先を紹介してくれていた口入屋に顔を出すと、見慣れない若い女が座っていた。
聞くと、2年前に祖父から継いだというお貫は22歳だという。
小娘なら簡単に紹介してくれそうだと思ったが、これまでの辞め方に問題があると断られ、カッとしたおれんは他をあたるが見つからず、消沈して家に帰るとそこにはさっきのお貫がいた。

 「口入れ屋の主人と言えば、酸いも甘いも噛み分けた食えない年寄りが相場」のはずが、若い女主人がいて誰もが始めは見くびる。
しかしその度胸と人を見る目でお貫は侮れなかった。
「口入れ屋は商売だけど、口出しするのは性分なんで」というお貫。
口出し屋と聞いて最初は新しい商売かと思ったが、だんだん納得がいってくる。
決して甘くはないが、こんな人と知り合いになればさぞ心強いだろう。

怪盗インビジブル


 うちの中学の七不思議には、どこにでもあるようなものと、他では聞かないようなものとがある。
その珍しい七不思議は、「人が一番大事にしているものを盗んでいくという怪盗インビジブル」がいるということだ。
そして、現場には決まってネコが描かれた黄色い付箋が残されているのだった。
受験勉強をするために卓球部を辞めたケンは、なぜかラケットが入ったカバンが無くなる。
後日カバンは見つかるのだが、なぜかラケットが入っていなかった。
 この学校に伝わる七不思議の「怪盗インビジブル」とは、いったいどんな奴なのか。

 大事にしていたアイドルとのチェキ写真、小学校からの仲良しの友達が持ち始めたスマホなど、本人にとって大事なものが消える。
そのせいで生徒たちに起こる変化の元となった「怪盗インビジブル」」は、昔学校で起こった事件が発端だったことが分かる。
大きな出来事で、その話自体は面白いが、それまでの生徒に起こる小さな怪盗事件は退屈だった。

リミックス ~神奈川県警少年捜査課~


 神奈川県警少年捜査課の高尾と丸木のところに、管轄内にある高校の生徒・賀茂が失踪したという報せが届く。
賀茂は古代の霊能者・役小角の呪術力を操る不思議な少年だった。
高尾を丸木は、賀茂が調べていくと、どうやら川崎の半グレたちのところへ向かったという。
怪訝に思いながらも辿っていくと、賀茂は半グレたちと「ただ話をしていた」だけだといい、やがて人気ボーカリストのミサキを巻き込んだ誘拐・監禁事件へと発展する。

 エンノオズヌが降臨するという賀茂。
その彼が半グレたちと接触を持ったというので大ごとになりかけたが、本人はケロリとしている。
ミサキが芸能事務所との契約をすると聞き、半グレたちや反社会的勢力との関りをも危惧されるが、結局は賀茂によって事件ではなくなっていく。
最後はちゃんと解決はするけど、やっぱり不思議な事は現実に持ち込むと、どこか胡散臭い。

最後に二人で泥棒を: ラッフルズとバニー3


 前作で戦争に参加し、その最後の話でラッフルズが負傷したバニーと話す場面で、ラッフルズの言葉を最後まで聞かないうちにおそらく気を失ったであろうバニー。
その後ラッフルズの行方は分からず、帰還したバニーが彼との思い出を語るという、手記のような今作。
そして今作は、バニーの恋の話も含まれている。

 ラッフルズの思い出を、その活躍で語るという今作だが、意外にもバニーが活躍した事件が多い。
これまでのようなぼんくらなイメージが少し和らぐが、相変わらずバニー自身に自信がなく、ラッフルズの言いなりになっている面が卑屈に見えてしまう。
今回はバニーの機転や行動力が功を奏するものがあったが、ラッフルズの人格はやっぱり不遜で、紳士というより悪ガキのよう。
なので、ラッフルズが海外では有名で人気者という話はまだ信じられない。

またまた二人で泥棒を: ラッフルズとバニー2


 ラッフルズが海へを消えてから数年、バニーは刑務所での勤めを終え、犯罪に関するエッセイで生計を立てていた。
そんな時届いた一通の電報。
そこには、新聞の求人欄を見ろと書かれており、求人は<病弱な老人が男性看護師>を募集するものだった。
バニーは、これは自分あてだと察し、すぐさま応募する。
病弱な老人とは、ラッフルズのことだった。
再会した二人は、再び行動を開始する。

 海へ落ちたラッフルズは、一人たどり着いた島のぶどう園で働いていて、恋をした。
そこでの経験をバニーに語った効かせる場面は刺激的だったが、2人がまた行う事は前と同じように、バニーへの説明は最小で、相棒をは言い難い。
それでも1作目よりはラッフルズのやり方が決まってきたので役割ができてくるが、バニーの少し抜けたお人好しは変わらなかった。
最後は二人して戦争に参加し、そこで会話の途中で途切れた意識のまま終わるのが、なんだか哀愁を誘う。

二人で泥棒を: ラッフルズとバニ-


 バカラとばくで借金を負ったバニーは、憧れの友人・ラッフルズに助けを乞う。
するとラッフルズは、ちょうどやりたい仕事があったので一緒にやるかと誘ってきた。
しかしその仕事は、泥棒だった。
その仕事がうまくいき、借金を返せたバニーは、頭が良くてスポーツもできるラッフルズにどこまでもついていく決心をする。

 ローレンス・ブロックの「泥棒バーニイ」シリーズが面白かったので、バーニィの飼い猫の名前にもなっていた泥棒の話を読んでみたかった。
「アルセーヌ・ルパン」より9年も早く誕生し、有名で人気者らしいが、1作目ではさほど魅力を感じることはできなかった。
確かに泥棒としての腕はあり、頭脳もきれる。大胆で行動力もあるが、相棒であるバニーの扱いがひどいと感じてしまう。
でもそういえばホームズでもワトソンを友人というより都合の良い使い走りのような扱いだったから、この時代はこれが受けていたのかもしれない。
 気に食わない金持ちと魅力的な宝があれば仕事にかかるラッフルズ。
彼の考えや手口、行動とその理由がもう少し詳しく書かれていればいいのになぁと思った。

ひまわり


 ある日、交通事故に遭い四肢麻痺になってしまうひまり。
どうにか命はとりとめたものの、首から下が動かないということに愕然とする。
そしてスパルタと言われるリハビリセンターへ通うが、いつかは動けると楽観視していたひまりは、回復してもきっとここまでというラインが見えてしまう。
復職に希望を託すも、環境が整っていないとかヘルパーを入れるのは守秘義務の観点から許可できないなどと言われ、遠回しに退職を迫られる。
福祉の補助を受ければ、困ることはない。でも一生寝たきりで、目標もなく、社会から切り離されて生きるのかと落ち込むひまりに、古い友人から弁護士になればいいのにと勧められる。
そこから、ひまりの戦いが始まった。

体のほとんどが動かなくて、24時間介護が必要なひまりが、弁護士試験では前代未聞の音声入力ソフトをみとめさせて試験を受ける。
ボリュームがある割には読みやすく、ひまりの必死さに釣られる感じでどんどん進むが、健常者ですら体力がいることを目指すひまりに、読んでいるこちらもすごい勉強している気がして消耗してしまう。
しかも実在する人をモデルにしているためにリアルで、ゆっくり読もうと思っていたのにあっという間だった。

東京ハイダウェイ


 東京・虎ノ門の企業で働く桐人は、何度も希望を出してやっと配属されたマーケティング部門で、仕事への向き合い方がつかめず、また有能と期待されている同期との確執で疲弊していた。
ある日、普段は無口な同僚の璃子が颯爽と通り過ぎていく場面を目撃し、思わず後をつける。
そこで桐人が見たのは、昼休憩の間の短いプラネタリウムプログラムでで静かな時間を送る璃子だった。
 桐人と直也の上司にあたるマネージャー職として、中途で採用された恵理子。
しかし人事のトラブルで疲れ切った恵理子は、ある日会社へ向かう電車から降りないことにした。
終点でみつけたそこは、夢の島だった。
 ある会社の中の人間関係を、一人ひとり切り取って見つめる。

 誰の話もかなりしんどい。
読んでいると苦しくなってくるが、短編だとわかっているので読み進められる。
人には見せない部分の苦しさにさらされて、短い割には気分の消耗が激しかった。