記憶の対位法


 自分が生まれる7年も前に死んだ祖父の遺品をかたずけることになったジャンゴ。
対独協力者として断罪され、一族から距離を置いていた祖父が晩年過ごした寒村の家で、ジャンゴは大量の書物と二十ほどの小箱を見つける。
遺品の中でただその小箱だけが、祖父の人となりを表すものだった。
そしてその箱から見つかった古く小さな紙片。
ジャンゴは西洋古典学を研究する大学院生ゾエと共に、その紙片の来し方を追求していく。

 「図書館の魔女」と同様、こちらも深い考察が多いため難しい専門知識の話がたくさん出てくる。
その道の研究者とゾエとの討論や、ジャンゴへの説明は大学の講義のよう。
そのため半分くらいはわからないままだった。
そして最後もなんだかよくわからないまま祖父への考察と、今を生きる自分たちへの応援で終わる。
ダヴィンチ・コードのような真実も解決もないので、長く読んできた割にしっくりこない。

PIT 特殊心理捜査班 水無月玲


 ビッグデータ解析による犯罪予測システムを開発している蒼井俊。
プロファイリングをするチームと一緒に、東京で起こった連続猟奇殺人犯“V”を追う。
足で捜査が信条の捜査員たちとぶつかりながらも、プロファイラーの水無月玲が率いるPITと共に捜査を進める中、現職のけいさつかんが惨殺されてしまう。
また、AIとプロファイリングとは違い、刑事の勘ともいうべき人に蓄積されたデータが告げた犯人にも注目が集まる。

 それぞれの得意分野から迫る事件だが、最後はなんだか拍子抜けしてしまう。
これは隠された事実だけど、これまでのミステリのようなあちこちにヒントがあるような感じではなかったため、予測できない。
そしてある意味よくある結末だった。

亡霊の烏 八咫烏シリーズ11


 雪哉こと博陸侯雪斎が独裁を敷く〈山内〉。
これまで存在が注目されてこなかった奈月彦の弟である凪彦が金烏代となった〈登殿の儀〉を経て皇后を選んだ。
ところが、いつまでたっても二人に子ができる気配がない。
一方、博陸侯によって滅ぼされた谷間から逃げ出したトビは、北家の朝宅で捕虜となっていた。

 2章になって、雪哉を外から見る視点での話が続いている。
でもそれらは誰か一人に注目しているというよりは雪哉を周りから見ている人達として視点が移り変わるためか、話が進んでいるような気がしない。
そのためか、誰にも感情移入しないまま争いばかりが起こり、物騒な話のまま進むため、1章のような没入感や読み終わった後の満足感が少ない。
なによりも雪哉を始め1章でメイン人物だった人たちの人物像が壊されるような描写ばかりで、全く違う話に思えてしまい、この世界を楽しむことができなくなってきた。

牧谿の猿 善人長屋


 裏稼業を持った者たちばかりが住む長屋だが、なぜかいつも人助けをする羽目になるので「善人長屋」と呼ばれている場所がある。
そこでただ一人だけ、裏も表も善人の加助が拾ってくるこまりごとは、長屋の全員で解決すると決まっていた。
ある日加助が連れて帰ってきたのは、大事な根付を無くして憔悴したお内儀だった。

 加助が拾ってくる人たちは、どれも結構深刻だ。
命を助けてもらった相手からもらった根付を無くして憔悴していたり、商家に盗みに入った賊を切り殺してしまった侍への恨みだったりする。
厄介な困りごとを拾ってくるが、加助のために長屋の者みんなで策を練る仲の良さが羨ましい。
そして最後は最初の盗賊へと話が戻り、善人長屋の名にふさわしい活躍をする。
毎回、彼らの裏の職業の話はほとんど出てこないが、それぞれの得意を生かしてはいる。

タルト・タタンの夢 〈ビストロ・パ・マル〉


 下町の小さなレンチ・レストラン。
従業員もたった4人だけど、フランスの田舎のオーベルジュやレストランを転々として修業してきた無口な人で、気取らないフランスの家庭料理を出す。
そんなシェフだが、店にやってくる客たちの様子には敏感で、不可解なことや誤解をさらりと解決してしまう。
おいしそうなフランス料理に関することならより力を入れて。

 名前を聞いただけではどんな料理か想像もできないが、描写が柔らかでとても美味しそう。
そして日本人とフランス人との感覚の違いで起こった誤解を解いてみたりと、無口なのに心まで癒す。
美味しい料理と共にいい思い出の残る店。

彼女は逃げ切れなかった


 父の介護のために5年前に早期退職した纐纈古都乃。
介護が終わってからは燃え尽き症候群のようになり、さらに先月古い友人の訃報も届いたとあって、共通の友人である刻子のやっている洋風居酒屋で飲み明かす日々。
ある朝道端でひき逃げを目撃したが、その時不思議な現象を起こす双子に出会う。
後日、刻子の店で偶然再会した双子と共に、元警察官の古都乃は事件を見抜いていく。

 不思議な力を持つ双子と元警察官という組み合わせが面白かった。
古都乃が考えていることがどんどん書かれているので、とめどないおしゃべりを聞いている気がしてあっという間に時間が過ぎる。
ただ、あくまでも元警察官の立場なので、推理に終わり、その後の真実までは明かされない。
もっと考察できるのではと続きを考えたくなる。

図書館の魔女 高い塔の童心


 一ノ谷にある高い塔。そこはあらゆる書物が集められた知の塔。
そこにいる「高い塔の魔法使い」と呼ばれる老人タイキは、このところ忙しい。
近隣との戦争がはじまりそうなため、国の権力者は寄り集まり、日夜情報と戦略の会議が行われていた。
そんな頃、タイキのもとで孫のマツリカは、好物の海老饅頭の味が落ちたことを疑問に思い、原因を探り始める。

 マツリカの幼いころの話。
もうすでにその頭脳はすばらしい。
自分の好きなものが食べられないからという理由だが、結果的に戦争を防ぐ。
しかし相変わらずの難解な説明と語彙で読みにくさは変わらずで眠くなる。
「まほり」ではそんなことはなかったので、「図書館の魔女」の世界感がその設定なのだろう。

写楽女


 寛政六年春、日本橋通油町にある地本問屋の「耕書堂」で女中として働くお駒。
ある日買い物に出る途中に見かけた、この辺りでは見ない雰囲気の男。
その人は、「耕書堂」の主・蔦屋重兵衛から写楽と名付けられた絵師だった。
五月興行が始まり、「耕書堂」に並んだ錦絵は人々を驚愕させる。
気を良くした重兵衛は、次の興行で売り出す絵の手伝いをお駒に命じ、それからはひたすら線を描く練習を始める。

 写楽の物語の中では割と軽めのお話。
写楽の人物像も、秘められた謎の人物というより寡黙で実直な部分を強調してあり、さらにお駒は北斎の幼馴染としている。
当時名を馳せた絵師たち。そしてその中で、写楽に寄り添った女の話として、お駒から見た絵師たちの時代を描く。
読みやすく、また登場人物の個性がはっきりしていて悲壮な部分もなく、ただ錦絵の世界を楽しめる。

赤い部屋異聞


 ある喫茶店の二階に、退屈した人々が集い、珍奇な話や猟奇譚を披露する「赤い部屋」がある。
そこである新人が、自分は99人を殺してきたと語る。
江戸川乱歩の名作短篇「赤い部屋」をオマージュした、不思議でちょっと怖い話。
他にも、作者が敬愛する作品たちのオマージュが集められた短編集。

 ちょっと不気味な話が多い。
作品ごとに元ネタと共に解説があるため、元の話も気になってしょうがなくなる。
それでもそんなことは関係なくただ不思議で不気味な物語を楽しめる。
特に最後の「迷探偵誕生」が面白かった。

口出し屋お貫


 三度目の奉公先を勢いで辞めてきたおれん。
毎回仕事先を紹介してくれていた口入屋に顔を出すと、見慣れない若い女が座っていた。
聞くと、2年前に祖父から継いだというお貫は22歳だという。
小娘なら簡単に紹介してくれそうだと思ったが、これまでの辞め方に問題があると断られ、カッとしたおれんは他をあたるが見つからず、消沈して家に帰るとそこにはさっきのお貫がいた。

 「口入れ屋の主人と言えば、酸いも甘いも噛み分けた食えない年寄りが相場」のはずが、若い女主人がいて誰もが始めは見くびる。
しかしその度胸と人を見る目でお貫は侮れなかった。
「口入れ屋は商売だけど、口出しするのは性分なんで」というお貫。
口出し屋と聞いて最初は新しい商売かと思ったが、だんだん納得がいってくる。
決して甘くはないが、こんな人と知り合いになればさぞ心強いだろう。