優しい幽霊たちの遁走曲


 ホラー小説家の津久田舞々は、新作が描けずに悩んでいた。
すると担当編集者から「ホラー作家を欲しがっている」という過疎化した町を紹介され、黄金の国と呼ばれていた町・古賀音を訪れる。
依頼は、その町に移住して町の小説を書くこと。
田舎には不釣り合いな洋館で、食も住もすべてを用意してもらえるというできすぎた依頼だった。
ところが庭にある祠の封印を解いてしまったところから、舞々の常識と生活は一変する。

 住まいも光熱費も、食費もすべて費用は町持ち、さらに別に報酬まで出るという胡散臭い依頼だが、追い詰められていた舞々は乗ってしまう。
そこで出会った人ではない者たちと、おかしな体験。
最初は現実を受け止めきれずに戸惑う舞々だが、やがてどこまでが現実か訳が分からなくなってくる様子はホラー。
最後は「クラインの壺」のように混乱して終わるのかと思ったが、タイムリープの様子も含まれていてまだ続きそうにも感じられ、終わりのない恐怖に包まれる。

矢上教授の午後


 夏のある日、大学の古い研究棟に偶然居合わせた人たちが、停電によって建物に閉じ込められてしまう。
電話もつながらず、エアコンもなく外は大嵐で出ていくこともできず、ただ天気の回復を待つひと時のはずだった。
しかし、そこでなぜか大学関係者でもない男の死体が見つかってしまう。
犯人がまだこの中にいるかもしれない状況で、午後のティータイムのお供にと矢上が真相を突き止めようとする。

 小さな謎も大きな謎も、盛り込みすぎてどれが解決に向かっているのか全くつかめない。
さらにそれぞれの章が短く、ころころと場所も視点も変わっていくので流れがつかみにくかった。
最後にはすべて解明するが、どれもなくても良かったのではと思うような小さな出来事ばかりで興味も沸かず、退屈な午後といった感じだった。

死者の国


 パリの路地裏で、ストリッパーが殺された。
口を耳まで切り裂かれ、喉には石が詰め込まれ、裸のまま両手両足を縛られ、さらには下着で首を絞めているという異様な姿だった。
警視のコルソは、捜査を進める画手がかりは見つからず、そのうちに第二の犠牲者が見つかる。
すると、元服役囚で現在は画家として成功しているソビエスキという男が二人と付き合っていたという情報をつかみ、コルソはソビエスキを容疑者と考えた。
様々な共通点からソビエスキを追い詰めるが、コルソはどこかしら違和感も感じていた。

 思い込みが激しく、多少乱暴でも突っ走り、強引な操作を強行するコルソ。
違和感は時々見え隠れするが、それでも犯人はソビエスキしか考えられないと、突き進む。
やがてソビエスキは捕まるが、有能な弁護士が付き無罪になりそうになり、と状況は二転三転する。
決定的な証拠だと思われたものにも違和感が出てきたりと、どこかしらスッキリしない。
普通なら犯人が捕まって一件落着のはずが、裁判やら新たな死体やらとだらだらと続くには理由があるのだが、むしろ最後の事実のほうが予想ができた。
ソビエスキの強いキャラクターがなによりも印象に残る。

図書館の魔女 霆ける塔


 一ノ谷にある知恵の塔の主・マツリカが攫われた。
宿敵ミツクビの罠にかかり、閉ざされた山城で彼女が淹れられたのは、夜ごと雷の降り注ぐ不可思議な塔だった。
一方、ハルカゼ、キリン、そしてキリヒトを中心にマツリカを救い出そうとする一行が旅立つ。
マツリカがいる場所の検討もつかずに途方に暮れる一行だが、わずかな手がかりからたどり着けるのか。

 マツリカが攫われた先は、地図にも載ってない砦。
そして毎夜の雷と凍った湖、雪あかりで近づくものはすぐさま見つかってしまうという場所。
いつもはマツリカがその知恵を振るい、難題を解きあがしていくが、今回はハルカゼが大活躍だった。
ほぼハルカゼの知恵のみで切り抜ける後半は、息をつく暇もない。
そしてマツリカは救出を信じ、しっかり手を打っていた。
今回はわかりやすくハラハラした。

ブラック・ハンター


 ドイツの富豪の後継ぎが森で惨殺された。
まるで猟の獲物のような姿で発見されたが、犯人が一向に浮かんでこない。
そこで、国を超えて応援へ向かったのが、前回の事件で心身ともに大きな傷を負ったニエマンスだった。
新しい相棒と二人で乗り込み、貴族で大富豪の一族を調査する。
その一族には、不可思議な言い伝えと習慣、そして血なまぐさい歴史があった。

 前回、犯人に刺されもろとも崖へ転落したニエマンス。
死の淵をさまよい復活したのだが、今回はそのトラウマか個性も能力も発揮できない。
攻撃的な一面がより多くを占め、推理はことごとく裏目に出る。
ニエマンスを師と仰ぐ相棒と魅力的な容疑者の間で翻弄され、精彩を欠いた。
それでも一緒に捜査するドイツの警察によって一族の闇が明かされ、思いもよらない絆と言い伝えに恐ろしい印象が強く残る。

18マイルの境界線 法医昆虫学捜査官


 高級会員制ゴルフ場の雑木林で発見された女性の遺棄死体は、すべての歯を抜かれ、顔をつぶされ髪も切られたうえに、顔と手足を焼かれていた。
執拗に身元を隠すような事をした割に、見つかりやすい場所に遺棄するという一貫性のない事件。
さらに三日後には隣の県の違法スクラップヤードでも同じような遺体が見つかる。
手口からして同じ犯人に違いないと目星をつけたものの、被害者の身元は判明せず、捜査は難航する。
赤堀と岩楯は、二つの遺体から見つかった虫たちを調べるが、発見された昆虫相からは謎ばかりが浮き上がる。

 赤堀の専門分野が少しづつ認められてきてはいるものの、まだまだ懐疑的な警察組織。
新たに岩楯の相棒となった深水の強い個性も際立ち、誰もがそれぞれの才能を発揮している。
今回も不意を突かれる展開で手が止まらなかった。

あの日、タワマンで君と


 就職活動を途中でやめ、配達員をしていた山下創一。
ある日、高級レストランから料理を届ける仕事が入った。
依頼人は六本木でもっとも高いタワーマンションの最上階に住む多和田という男で、到着すると強引に部屋に上がらされる。
そこから、創一の生活は一変する。
いつしか多和田の部屋に入り浸るようになり、さらにエスカレートしていく。

 最初から不穏な雰囲気が漂うが、それはずっとついて回る。
享楽的な生活、金にものを言わせ、他人を操り、やがて綻びが広がっていくという一通りの流れが違わず起こる。
どの部分も不快でしょうがなかった。

れんげ野原のまんなかで


 秋庭市のはずれにある、ススキ野原のど真ん中に建つ図書館へ配属された新人司書の文子。
利用者が少ないため暇なのだが、ある時から小学生の肝試しの場所になってしまったり、本を並べて暗号を作る者が現れたり、大雪の日に図書館に閉じ込められそうになったりと事件は絶えない。
しかし、博識な先輩の力を借りてどうにか解決していく文子。
小さな図書館の、それでも忙しい日々。

 尊敬している先輩・能勢の言動は、とても優しく深い考えがあってこそで、毎回感心するが、新人司書の文子の言動は子供っぽすぎて共感が沸かない。
図書館へ家出しようとか、大きくてきれいな本を読む楽しみとか、いい話も多い。
最後、子供の頃の傷を背負って生きている人物に対しては厳しい能勢だったが、その後の行動は「なるほど!」と思わせた。
地主さんの家で起こった出来事など、面白くて納得できる印象に残るシーンは多いのに、主人公の文子の魅力だけがイマイチだった。

虚池空白の自由律な事件簿


 自由律俳句の伝道師といわれる俳人・虚池空白と、編集者の古戸馬。
2人は落書きや看板など、街の中で見かける詠み人知らずの名句〈野良句〉として集めていた。
行きつけのバーの紙ナプキンに書かれた文字、急逝した作家が一筆箋に残した遺言めいた言葉、夜の動物園のキリンの写真と共にSNSに投稿された言葉など、偶然見かけた言葉から、それらの背景を推察する。

 誰が残したメモなのか、どんな意味があるのかを推理していく二人。
時にそれが犯罪めいた出来事まで見つけ出してしまう。
でももともとの「自由律俳句」になじみがないせいか、なんだかしっくりこない。
ただの日常の謎なのに、わざわざわかりにくい言葉を使って煙に巻かれている感じがずっとあった。

クリムゾン・リバー


 山間の大学町周辺で次々に発見される惨殺死体は、両目をえぐられ、ひどい拷問を受けていた。
その頃、別の街では墓あらしや小学校への侵入事件があったが、何も取られていなかった。
それぞれの事件を追うベテラン刑事と若手警察官。
しかしその事件がつながるとき、何十年も続く恐るべき計画が明らかになる。

 一つは想像するだけで全身が緊張するような恐ろしい拷問を受けた死体。
一つは何も盗られていない侵入事件。
両極端な出来事が少しづつ繋がる様子が、発見と驚きと恐怖で目が離せない。
そして思いもよらない結末へとつながり、驚きでいっぱいになる。
種の選別ともいえる大掛かりな実験と、主人公の行く末が気になってしょうがなくなる。