無明 警視庁強行犯係・樋口顕


 荒川の河川敷で見つかった高校生の水死体。
所轄は自殺と決定した事件だが、記者の遠藤から聞かされた疑問がひっかかった樋口は、再捜査を進言する。
いったん自殺で決着した事件を掘り返すのは、所轄のメンツをつぶし、他所の縄張りを荒らすことになる。
それでも樋口は、犯人を見逃してしまうことの方が重大だと、別動隊として探り始めた。

 きっかけが小さなことでも、気になったことは解決させる。
なぜか評価が高い樋口のやり方でいつも事件は解決し、周りは改心するが、安積班のようなチームでの活躍でもなく、今回は部下もほぼ登場しないため、どことなく独りよがりな感じがしてくる。
樋口の人徳の所以がいまいち納得できないため、共感もしにくかった。

メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち


 ローカス賞受賞作。
ヴィクトリア朝のロンドン。父に続いて母を亡くした令嬢メアリ・ジキルは、母が「ハイド」という名前の人物に毎月送金をしていたことを知る。
自分が知らない事実と「ハイド」という名前に戸惑い、メアリは名探偵シャーロック・ホームズを訪ねて真実を知りたいと頼んだ。
探り始めるとともにどんどん増える謎と、メアリの元へ集まってくる“モンスター娘”たち。
果たしてこの謎は解けるのか。

 様々な物語で登場するモンスターの娘たちが集まって、個性豊かに動き出す。
主人公のメアリが一番地味に思えてしまうくらいのメンバーで、しかも作中でそれぞれが茶々を入れるという面白い構成になっている。
ただ、そのせいでちょっと間延びするような、話の腰を折られるように感じる部分もあり、一気に集中して読める感じではない。
そして、ホームズが完全に脇役となっているのも面白かった。

若葉荘の暮らし


 感染症のあおりを受け、仕事が減ってしまったミチルは、もっと安い家賃の家に引っ越すことを決める。
紹介されたのは、シェアハウスだった。
そこは、40代独身女性のみが入居できるといい、見学に行ったミチルは、住人たちの様子を見てすぐに入居を決めた。
いろんな悩みと過去を持った女性たちが、迷い、時には出ていく人を見送りながら、前を向こうと頑張る毎日を描く。

 大きな出来事があるわけではなく、本当にただそれぞれの毎日を淡々と描いている。
退屈だと感じる部分もあるが、ミチルがいつも何かしら考えていて、それを言葉にしているため、どんなことが問題になっていて、どうしようと思っているのかがじっくりと感じられる。
夢中になって読むという本ではないが、しっかり現実を見ているなぁといった感じ。

楡の墓


 北海道の開拓時代を綴る短編集。
開拓の指揮を執る者が次々と変わり、その度に方針も変わる。
工夫は金をもらえればそれに従うが、幸吉は己のやっていることがどこにつながるのか、未来が見えずにいた。
地元から逃げて蝦夷へやってきた幸吉には帰ることろもなく、拾ってくれた年上の女性の元からも出ていこうとしていた時、ふと見上げた楡の木の下で、幸吉は己の人生を振り返る。

 開拓に関わる者たちそれぞれの目線から見た北海道。
でも、なんだかまとまりがないなぁと感じていた。
そして印象に残ったものを見返すと、それだけが最初に雑誌掲載され、残りはそれを元に書き下ろされたものだったようだ。
北海道開拓の物語はどれも、どこか淋しい雰囲気が残るものばかり。

遺書配達人


 棟居刑事は出張先の四国霊場の遍路宿で一緒になった男に興味を持つ。その男は、行路病者やホームレスの遺書を遺族に届ける旅をしているという。
その日持っていた遺書は、新宿で襲われて死亡したホームレスで、娘に渡すはずだった1点物のネックレスが盗まれていたのだった。
東京に帰ってきた棟居が、コンビニ強盗事件の防犯カメラを見ていたところ、被害にあったコンビニの店員の女性がそのネックレスをしていることに気づき、棟居は関連を疑う。

 棟居が旅先で、出張先で出会う人とのやりとりが、事件につながっている。
それらの事件はきちんと解決もするのだが、棟居は別の真実を想像してしまう。
それはちょっと恐ろしい真実で、時には無理やりな事件もあるが、おおむね納得できてしまうため怖さが残る。
イヤミスとは違うので読後感は悪くないが、ちょっと人の裏の顔を覗き見る感じで人間不信にもなりそうだ。

シュレーディンガーの少女


 65歳になったらプログラムされた病原体が全世界にいきわたり、人口の調節が可能になった世界。
64歳の占い師・紫は一人の少女を拾う。
盗みをして生活していた少女に名前を与え、自分の仕事を教え込んだ紫。
太っている人を全国から5名選び、ダイエット選手権という生死をかけた戦いに強制的に参加させる政府の催し。
サンマがもう食べられなくなった未来、サンマの味を再現しようとする小学生など、ディストピアと少女を合わせた短編集。

 ディストピアというだけあってどの話にもうすら寒い雰囲気があるが、サンマの話は面白かったし、65歳で死ぬ話もそれならそれでいいかとも思ってしまい、気味が悪いだけではなかった。
もっと広がっていきそうなところで終わるものもあって、物足りない部分を想像して存分に楽しめる。

烏の緑羽 八咫烏シリーズ


 生まれながらに「山内」を守ることを定められ、あらゆることに恵まれ、大事にされて育ってきた長束だが、側室の子供として生まれた弟が「真の金烏」となり、自分は臣下となった。その長束は、自分の側仕えをしている路近を怖いと感じていた。
路近への恐怖は不信感となり、周囲の者に相談する。
そして今は勁草院の教師として働く路近の師を紹介された長束は、路近の人となりを知るために、彼らに師事を乞う。

 飄々として何を考えているのかつかみにくい路近を持て余し、自分の部下としてどう扱っていいか悩む長束。
今作は路近と、彼の近くで生きてきた者たちの生い立ちが語られる。
どれもなかなかに厳しかった。
そのうえ敵対したり考えが違っていたりと、様々な方面からの意見が出てきて混迷を深めていっており、どこを見ればいいのかわからなくなってくる。
でも最後でやっと本筋の出来事に追いついてきたので、次は新展開があるかもしれないとドキドキする。

電気じかけのクジラは歌う


 AIが発達し、個人にあわせて作曲をするアプリ「Jing」が普及してから、人はもう作曲をしなくても良くなった時代。
作曲家だった岡部は、「Jing」の学習をする検査員として働いていた。
ある日、数少ない作曲家として生き残っていた天才で、岡部のかつてのバンド仲間だった名塚が自殺したと知らされる。
そして、名塚が手続きをしたと思われる荷物が岡部の元へと届くが、そこには名塚が作ったと思われる曲と指をかたどったシリコン、そして名塚のDNAデータが書き込まれたスタンプ台が入っていた。
名塚は岡部に何を残したのか。

 近未来の日本。都市部では自動運転の車が走り、スマホでほとんどのことができる。
発達したAI個人の好みに合わせた曲を瞬時に作り、もはや誰もが知る名曲というのはなくなっていた。
そんな時代に、AIでは不可能な発想で新しい音楽を作り続けていた親友が死に、謎を託された岡部が動き出す様子は、なんでもAIに頼る時代を怠惰に過ごしていた時から脱出するためには苦労するほどのエネルギーが必要だと思い込んでいたけれど、意外と簡単だったというような雰囲気で語られる。
ツールは変わっても人が思う事は変わらないから想像もしやすい。
登場するシステムや現象も、実現するのはそれほど先のことではなさそうなくらい受け入れやすかった。

首取物語


 ひたすら歩いた末に見つけた男が持っている握り飯に、急激に空腹を覚える少年。
そして握り飯を奪って逃げることを繰り返していることに気づいた時、どうやら侍だったと思われる男の首と出会う。
どうすればこの世界から抜け出すことができるのか。
少年と侍は、協力することにする。
 二人が巡る不思議な国々で出会う人々や出来事が、この二人の縁を解き明かしていく。

 ただ不思議な出来事が続いていた序盤から、旅で出会った人からの一言が大きな意味を持っていることや、時折訪れる記憶の断片から、少年と侍の来し方を想像する。
ただの不運なのか、業なのかと考えるうち、道連れが増えていかない事にも理由があるのだと気づく。
どうすることもできない大きな力との対峙で知る過去より、今のお互いのことを信じることで、冒頭では絶望していた景色も楽観できるようになっていて、不思議な国々も旅の面白さだと感じられるようになる。