東京ハイダウェイ


 東京・虎ノ門の企業で働く桐人は、何度も希望を出してやっと配属されたマーケティング部門で、仕事への向き合い方がつかめず、また有能と期待されている同期との確執で疲弊していた。
ある日、普段は無口な同僚の璃子が颯爽と通り過ぎていく場面を目撃し、思わず後をつける。
そこで桐人が見たのは、昼休憩の間の短いプラネタリウムプログラムでで静かな時間を送る璃子だった。
 桐人と直也の上司にあたるマネージャー職として、中途で採用された恵理子。
しかし人事のトラブルで疲れ切った恵理子は、ある日会社へ向かう電車から降りないことにした。
終点でみつけたそこは、夢の島だった。
 ある会社の中の人間関係を、一人ひとり切り取って見つめる。

 誰の話もかなりしんどい。
読んでいると苦しくなってくるが、短編だとわかっているので読み進められる。
人には見せない部分の苦しさにさらされて、短い割には気分の消耗が激しかった。

白銀騎士団


 英国騎士のジョセフは、亡き父がジョセフのためにと鍛えた中国人とインド人の付き人と、メイドのアニーの三人を従え、今日も悪を倒す。
ある日、屋敷の者が化け物に襲われるという依頼を法外な値段で受けたジョセフ。
武道の達人である二人は人間担当、ジョセフは人外担当として乗り込むが、そこで出会ったのは人間だけど痛みを知らず、傷をものともせず立ち向かってくる化け物だった。
そして夜にはメイド部屋で休んでいたアニーのところにまでやってきた。
そいつの言う「ナイルの王者」とは。

 貴族でなければ人間扱いされないくらいの貴族意識がしみついた時代。
若い当主のジョセフは女好きだがちゃんと仕事はする。
従者の2人からいつも諫められてはいるものの、他人から従者をけなされて怒る主人を二人は信頼しているし、アニーも含めた家人すべてで知恵を出し、依頼にあたる。
ちょっと抜けたジョセフとしっかりした従者たちのやりとりは微笑ましい。

ホテル・アルカディア


 ホテル・アルカディアの支配人の一人娘は、ある時から離れにあるコテージに閉じこもってしまった。
ホテルに長期滞在している宿泊客の芸術家たちは、彼女を外に連れだろうと知恵を絞ってあらゆる物語をコテージの前で語り始める。
その朗読会は80年たった後にホテルが廃墟となってからも続き、芸術家のファンたちが訪れるようになった。
芸術家たちが様々なテーマに沿って語る、摩訶不思議な物語たち。

 テーマごとに分かれているというが、不思議な物語はとてもバラバラなように見える。
次々とおかしなことが起こり、まるで思考が追い付かない。
そしてホテルの話を忘れそうになったころ、コテージにこもっていた娘へと戻ってくる。
ずっと揺さぶられて平衡感覚がなくなっていくようなお話。

最高のウエディングケーキの作り方


 夢だったホテルアフタヌーンティーの仕事についていた涼音だが、パティシエの達也と付き合い、2人でパティスリーを作りたいという新たな夢を持ち、ホテルを辞めてしまう。
あまりにもあっさりと見えた退職に、裏切られたと思う者、まぶしく思う者、理解できない者と様々。
そんなホテル時代の同僚のそれぞれの思いを綴る。

 婚姻届けを描こうとして夫婦の氏に悩む涼音。
同性婚や非正規社員の理不尽などが題材で、まさか続きが出るとは思わなかった話。
涼音のこだわりはちょっとやりすぎと思う時もあったが、達也と寄り添い、協力していこうという気持ちが大きかったための題材だったのだろう。
この人の話は、辛い思いもあったり冷たく当たったり後悔したりもするが、基本的にわかり合いたいと思う人たちばかりで辛い終わり方はないので安心して読める。

山の上の家事学校


 政治部の記者として忙しくしていた幸彦だが、離婚して1年。
家のことは何もできず、すさんだ生活を送っていた。
そんな時、妹からある学校を教えられる。
そこは、労働として認められにくい「家事」を教える学校だった。

 家のことを手伝っていると思っていたけど、「ここから先は自分の仕事じゃない」と思っていたことが多かった。
妻から「一人になった時のために」と勧められた。
など、入学の理由は様々だけど、やらなければ生活の質が下がったり、体調を壊すことになること全般を教える学校。
近頃こうゆう、「男たちへの静かな抗議」が題材の本がよくある。
確かに「そうそう」と思う事は多いし、できれば意識を変えてもらいたいとずっと思ってきたけど、そうゆう相手はたいてい本など読まない。

贖罪の1オンス


 老舗おもちゃメーカーのお客様相談室で日々電話対応をしているの佐伯。
ある日、2億円に相当する金貨を1週間以内に用意しないと針を仕込んだぬいぐるみをばらまくという脅迫状が届く。
警察へ届けるよう進言するが、上層部は隠蔽を測る。
犯人を突き止めようと過去のクレームを洗い出し、一人の人物に目を止める。
それは、3年前に起こった、自社製品のカイロが爆発して幼い女の子が火傷を負った事件だった。
そしてなぜか、犯人への金貨の受け渡しを佐伯がすることになってしまう。

 企業への脅迫という、大掛かりな事件。
ユーザーに寄り添おうとしない上司にいいくるめられ、正直でいたい佐伯は苦しむ。
上手くいくはずもない犯行だが、思いもよらない犯人と、計画の告白が妙にしんみりとする。
ただタイトルはなんだかしっくりこなかった。

私の死体を探してください。


 人気作家の森林麻美がブログで自死を宣言し、「「私の死体を探してください」というメッセージを残して姿を消した。
担当編集者の池上は新作原稿を手に入れるためにあらゆる手を使って探そうとする。
しかし、家じゅう探しても手がかりはなく、そのうえブログでは次々と麻美の近親者の秘密が暴露されていく。
果たして麻美の意図は、そして本当に死んでいるのか?

 少しづつ明かされる秘密と新作。
麻美が高校の時に起こった衝撃的な事件の真相も加えて、周囲の人をじわじわ追い詰める。
暗くはなく、ホラーでもなく、長いわけでもないのですぐに読めてしまう。
結論も思わせぶりだけど、嫌な後味はない。

殺しも芸の肥やし 殺戮ガール


 10年前、高校の遠足で生徒30人と教師が乗ったバスが忽然と姿を消した。
墜落した気配もなく、わずかな痕跡さえないまま時がたち、この事件で姪を失った奈良橋は、刑事となっていた。
ある日管轄内で起きた「作家宅放火殺人事件」を担当することになるが、そこから不可解な人物が浮かび上がる。
気になって調べていくと、その人物は女である以外は顔も体系も違うが一人の人物へとつながっていることが分かる。
次々と人を殺しながらいろんな人物に成り代わる殺人鬼。

 天涯孤独な人物を見つけては、巧みに入れ替わる女。
まるでスパイのようだが、その実ただの殺人鬼。だがその女のかなえたい夢はなんとお笑い芸人という。サイコなのかコメディなのかわらかない。
恐ろしいけどそれぞれの人物も細かく描かれていて気になってしまい、あっという間に読めてしまう。
ホラーというわけではないので嫌な読後感もなく、謎のまままた姿を消す。

アンと幸福 和菓子のアン


 東京デパートの食品売り場、「みつ屋」でアルバイトをしている杏子。
食べることが大好きで和菓子も大好きなアンが、今回はちょっと冒険をする。
「みつ屋」も新しい店長を迎えて新体制。
しかし、新店長の藤代は、年配の客や子供を連れた客のときだけ横入りのように会話に入ってくる。
その理由が分からず悩むアン。
アルバイトから正社員へとの誘いを受け、悩むアン。
そして新しい場所へ。

 長くあいたシリーズで細かいことろは忘れているけど、読み始めるとするすると蘇る世界感。
正社員を選んだアンが初めて出張で出かけた菓子の祭りでの出来事はちょっと大げさな気がするけど、おいしそうな和菓子や言葉の歴史などが分かりやすく楽しく解説されていておもしろかった。

時間の虹 紅雲町珈琲屋こよみ


 コーヒーと和食器の店、小蔵屋。
最近間違い電話が多いこと、そして久美が一ノ瀬の話を全くしなくなったこと。
不安なことが重なるが、お草さんは敢えて普段通りに過ごす。
これまでとは違う問題が起こりそうな不穏な雰囲気に包まれていた。

 小蔵屋が閉店!?
もうなじんだシリーズだが、今回はサブタイトルが不穏で驚いた。
いつの間にか過ぎている時間が、より不安を引き立てる。
そして小蔵屋閉店。
何があったのか、お草さんは何を思っていたのか、想像が膨らむばかりで一向に解決しない。
でも何か区切りではある感じはした。