若葉荘の暮らし


 感染症のあおりを受け、仕事が減ってしまったミチルは、もっと安い家賃の家に引っ越すことを決める。
紹介されたのは、シェアハウスだった。
そこは、40代独身女性のみが入居できるといい、見学に行ったミチルは、住人たちの様子を見てすぐに入居を決めた。
いろんな悩みと過去を持った女性たちが、迷い、時には出ていく人を見送りながら、前を向こうと頑張る毎日を描く。

 大きな出来事があるわけではなく、本当にただそれぞれの毎日を淡々と描いている。
退屈だと感じる部分もあるが、ミチルがいつも何かしら考えていて、それを言葉にしているため、どんなことが問題になっていて、どうしようと思っているのかがじっくりと感じられる。
夢中になって読むという本ではないが、しっかり現実を見ているなぁといった感じ。

遺書配達人


 棟居刑事は出張先の四国霊場の遍路宿で一緒になった男に興味を持つ。その男は、行路病者やホームレスの遺書を遺族に届ける旅をしているという。
その日持っていた遺書は、新宿で襲われて死亡したホームレスで、娘に渡すはずだった1点物のネックレスが盗まれていたのだった。
東京に帰ってきた棟居が、コンビニ強盗事件の防犯カメラを見ていたところ、被害にあったコンビニの店員の女性がそのネックレスをしていることに気づき、棟居は関連を疑う。

 棟居が旅先で、出張先で出会う人とのやりとりが、事件につながっている。
それらの事件はきちんと解決もするのだが、棟居は別の真実を想像してしまう。
それはちょっと恐ろしい真実で、時には無理やりな事件もあるが、おおむね納得できてしまうため怖さが残る。
イヤミスとは違うので読後感は悪くないが、ちょっと人の裏の顔を覗き見る感じで人間不信にもなりそうだ。

シュレーディンガーの少女


 65歳になったらプログラムされた病原体が全世界にいきわたり、人口の調節が可能になった世界。
64歳の占い師・紫は一人の少女を拾う。
盗みをして生活していた少女に名前を与え、自分の仕事を教え込んだ紫。
太っている人を全国から5名選び、ダイエット選手権という生死をかけた戦いに強制的に参加させる政府の催し。
サンマがもう食べられなくなった未来、サンマの味を再現しようとする小学生など、ディストピアと少女を合わせた短編集。

 ディストピアというだけあってどの話にもうすら寒い雰囲気があるが、サンマの話は面白かったし、65歳で死ぬ話もそれならそれでいいかとも思ってしまい、気味が悪いだけではなかった。
もっと広がっていきそうなところで終わるものもあって、物足りない部分を想像して存分に楽しめる。

ペットショップ無惨 池袋ウエストゲートパーク18


 外からは見えにくい家庭の事情。学校にも行けないヤングケアラーの少女の、心を殺した目をみつけたマコト。
さらに売春を運営している奴らに目をつけられていたために放っておけず、タカシやゼロワンの力を借りてと救い出そうとする。
生後半年を過ぎた犬や猫は、見た目がいいものは繁殖に、それ以外は処分される世界。そんなものを見せられたマコトがした反撃や、引きこもりのハッカーがした淡い恋にも目をそらさずにすべて見つめる。

 池袋のトラブルシューター・マコトが今回出くわした弱い者たちは、家族の介護ですり減った子供や外国人労働者、そして逃げ出すこともできないペットたち。
それでももう新しいネタは少なくなってきた感じで、マコトはちょっと弱気になり、タカシはどんどんキングになっている。
ただ今回は、敵か味方かの分類ではない取引もあって、丸く収める瞬間の見極めは成り行き任せで危なっかしかった。

或るエジプト十字架の謎


 カメラマンの南美樹風は、自分の心臓移植をしてもらった医師の娘で法学者のエリザベスと共に、トランクルームで起こった殺人事件の検死に向かっていた。
本来は、警察が企画した法医学交流シンポジウムに参加していたエリザベスだったが、日本の捜査に興味があるということで、急遽予定を変更して捜査の現場へ向かったのである。
そこは、帽子が並んだ趣味の部屋という感じだったが、どうやら麻薬密輸にも関係していたらしい。

 カメラマンだが独特の閃きで事件の道筋を見つけ出してしまう主人公。
シリーズものだったようだがそれなりに説明は入るので困ることなく楽しめた。
主人公は発想が、エリザベスはその口調が特徴的で、理解しがたい現場でも面白い推理を見せてくれる。

初詣で 照降町四季(一)


 文政11年暮れ。18で男と駆け落ちした鼻緒屋の娘・佳乃が三年ぶりに照降町に戻ってきた。
どうやって父に詫びようと逡巡していると、通りすがりの顔なじみから、父が病で倒れていると聞く。
慌てて戻った佳乃の前に立ったのは、見習いとして父の弟子になっていた九州の小藩の脱藩武士・周五郎だった。
出戻りと浪人の鼻緒屋は、佳乃の独特なセンスで徐々に評判になっていったが、ある日佳乃の駆け落ちの相手・三郎次が姿を見せたという噂を聞く。

 駆け落ちして3年。
三郎次が作った借金のかたに女郎屋へ売られそうになって逃げかえった佳乃だが、鼻緒挿げの職人として生きていくことを決心し、また浪人の周五郎とも息が合ってきて、商いを広げていく様子は、一度地獄を見てもそこから逃げ出せた強さが続いているようで力が沸いてくる。
いかにも訳ありそうな浪人の周五郎だが、秘密があっても頼もしさの方が強く描かれていて、この一家の行く末が楽しみになる。

幻月と探偵


 革新官僚・岸信介の秘書・瀧山が急死した。
元陸軍中将・小柳津義稙の孫娘の婚約者で、小柳津邸での晩餐会で毒を盛られた疑いがあったため、相究明を依頼された私立探偵・月寒三四郎は小柳津邸へとやってきた。
そこで、義稙宛に古い銃弾と『三つの太陽を覚へてゐるか』と書かれた脅迫状が届いていたことを知る。
瀧山の件を調べていたはずが、またも小柳津邸で毒殺事件が起こる。
事は満州の裏の顔にまで広がっていった。

 登場人物の人種が様々で、さらに部隊が満州ということもあり、名前や地名などが分かりにくく、繋がりが見えてくるまでは苦労した。
ただの殺人の調査だったはずが、大きな政治の力まで加わってきたときにはもう戻れないくらい巻き込まれている探偵の月寒。
それでもはったりをかませながらも恐れず乗り込んでいき、最後は大物とも駆け引きをする。
すべてを知りたいと思ってしまうのは探偵らしいが、命知らずと紙一重でハラハラしながら楽しめた。

薔薇色に染まる頃 紅雲町珈琲屋こよみ


 手放したことを後悔していた帯留が戻ってきたと連絡をもらい、草は東京のアンティークショップへ向かう。
しかし、そこで草は、あるバーの雇われ店長であり、幼いころから見知っていたユージンが殺されたと知らされる。
彼との約束を思い出し、あちこち回る草だが、新幹線でとある母子のトラブルに出くわし、なりゆきで子供をかくまううちに、これはユージンの大きな企ての一部などだと悟る。

 今回は、シリーズ第一作の時のような危なげな話。
普通の老婆である草が巻き込まれるには大きすぎるトラブルだが、不運な子供を放っておけない草の性質をよく見極めたユージンの勝利だろう。
なかなか解決しないトラブルと、予想はしても確認はできない真実を飲み込み、草は一人大冒険をする。
普段の穏やかな小蔵屋のお草さんとは違った、勇敢な草だった。

我、鉄路を拓かん


 明治、政府により日本に初めての鉄道を通すことが決まる。
そのうち芝~品川間は、海上を走らせるという。海外から知識を持った人を雇い、全国から大工、石工などの工事を請け負うものを集める。
「築堤」部分の難工事を請け負ったのは、芝田町の土木請負人・平野屋弥市。勝海舟から亜米利加で見た蒸気車の話を聞いてから、どうにも興味が抑えられず、どうしても蒸気機関車を見たい、乗りたいという強い思いでひたすら進んできた弥市。
イギリスからやってきた技師エドモンド・モレル、官僚の井上勝らと共にこの難題をやり通す。

 2022年10月で、新橋~横浜間の鉄道開業150年となるそうだ。そして近年、高輪ゲートウェイ駅付近でこの時の石垣の一部が発見されたという。
弥市は、商人から土木請負人に商売替えをした変わり者。
それでも、土台を作る矜持があり、それが鉄道への情熱へとなる。
建っている建物だけが注目されるが、その基となる土台を作り、地図に残る仕事が誇らしいと語る弥市が頼もしい。

星影さやかに


 東京で教師をしていたが罷免され戻ってきた父。書斎にこもっている神経症の父を恥じながら、立派な軍国少年となるべく日々を過ごしていた良彦。
しかし戦争に負け、生活が一変していく。
引きこもり「非国民」とそしられる父を支え続けた母、一家に君臨し、地域でも大きな権力を持っていた祖母、東京で就職し、結婚した兄と、まだ小さな妹。
 父が亡くなり、遺品である日記から見えてきた、自分には見えなかった父の一面。

 良彦が見ていた不甲斐ない父の姿。そして母から見た父と、日記から見えてきた父の思い。
家族の思いを、それぞれの立場からに描いている。
特に、口を出すだけで何もしない祖母への感情はわかりやすく、良彦側と母側の比較ができて面白い。