星影さやかに


 東京で教師をしていたが罷免され戻ってきた父。書斎にこもっている神経症の父を恥じながら、立派な軍国少年となるべく日々を過ごしていた良彦。
しかし戦争に負け、生活が一変していく。
引きこもり「非国民」とそしられる父を支え続けた母、一家に君臨し、地域でも大きな権力を持っていた祖母、東京で就職し、結婚した兄と、まだ小さな妹。
 父が亡くなり、遺品である日記から見えてきた、自分には見えなかった父の一面。

 良彦が見ていた不甲斐ない父の姿。そして母から見た父と、日記から見えてきた父の思い。
家族の思いを、それぞれの立場からに描いている。
特に、口を出すだけで何もしない祖母への感情はわかりやすく、良彦側と母側の比較ができて面白い。

お誕生会クロニクル


 「誕生日」にいい思い出はない。いつも家族の割を食うように生きていた母が、最も割を食った日。
小学校で「お誕生会」が禁止になって苛立つ娘に、サプライズで誕生日会を開いてやろうとした父親。
3月11日に生まれた双子たちに、震災の悲劇があったことを知らせないようにしていた母親。
誕生日がただ楽しくてうれしい日だけじゃない人たちの、生き方を変えるストーリー。

 誕生日をテーマにしているけど、一つ一つはもっと広い視野で描かれていて、親しくはないけど近くにいる人たちの物語。
誕生日は「誰もが自分自身と向き合う日」として、主に家族との関係を考えるものが多かった。
いろいろ納得もしたし、考えもしたけど、一番はやっぱり「男は皆、逃げる」かな。

探偵と家族


 高円寺にオフィスを構える銀田探偵事務所。
だが父は5年前、ある事件があってから仕事をしなくなり、代わりに母がペット探偵として家計を支えている。
そんなある日、フリーターの長女・凪咲は、父が仕事をしなくなったきっかけの事件の関係者から、うっかり依頼を受けてしまう。
ゲーム好きの長男・瞬矢を巻き込んで、凪咲は5年前の事件と父の出した結論の真意を知りたくなってしまったのだ。

 「黒猫」シリーズにたくさん出てきた、ちょっと変わった視点からのたとえを混ぜた表現が、「黒猫」シリーズよりも控えめに配置されている。
話の腰を折らない程度に脱線する比喩が、どことなく冷めた目で家族を眺める凪咲の立ち位置や心情を表しているよう。
頭のいい子供が、解決できる時が来るまでの時間稼ぎをどうするのか、そして大人がそれに気づいたとき、父がどうしたのか。
謎が解けてもしばらく考え込んでしまう。

探偵は友人ではない


 海砂真史には変わった友人がいる。
敢えて学校には行かず、興味の向くままに暮らす、とても頭のいい友人・鳥飼歩。
バスケ部で2年先輩の鹿取さんと街で偶然出くわし、彼が突然疎遠になった友人とのことがずっと気になっていると聞き、真史はその相手が歩だと気づく。
二人を仲直りさせたい真史は、仲たがいの理由の謎を歩に聞くことにした。
 なぜかとても真史を慕ってくる後輩の家が営んでいる洋菓子店が作った、お菓子の家が当たるクイズ、美術室での教師の不思議な行動など、日常の疑問が気になってつい歩に相談してしまう真史。おかしな謎と不思議なふたりの関係。

 「探偵は教室にいない」の続き。
中学生のくせにやたら頭が良くて、素直じゃない歩の素顔がちょっと覗く瞬間がいくつかあり、それを見るととてもうれしくなる。
興味のある事だけに反応する歩だが、決して冷たいわけじゃないし、ちゃんと真史のことや周りの人たちを気遣ってくれるから、近づきたくなる真史の気持ちがよくわかる。
彼が大人になったらさぞ憎たらしい探偵になるだろう。

こいごころ【しゃばけシリーズ第21弾】


 贈り物に悩んでいると父から託された若旦那。
いったい何を送ればいいのか、本人に欲しいものを聞きに行こうとしたところ、新しい悩みが続々と持ち上がる。
珍しく寝込んでいない若旦那が動く。
妖狐・老々丸とその弟子からは、最後の頼みが若旦那だと必死の願いを聞き、母が若旦那の誕生した日を祝おうと言い出し、さらには若旦那を長く診ていた医者が引退するというニュース。
 
 今回は若旦那のための出来事が多かった。
誕生日の宴を開こうとして大ごとになってしまうところなど、まさに長崎屋といった感じ。
幼馴染の和菓子職人はもう名前しか出てこなくなり、新しい妖はどんどん増えていって、人間はもう数少ない。
人の営みは別のシリーズで、という区別がくっきりしてきた。

不村家奇譚―ある憑きもの一族の年代記


 山奥の村に代々伝わる大きなお屋敷を持つ一族。
そこは、憑き物の一族だった。
一族以外と健常者は食われるからと、使用人は奇形の人間ばかりが集められ、一族の者も、首から下はほぼないにもかかわらず生きている双子の片割れや、足がない代わりに天才的な頭脳を持つ跡継ぎなど、奇妙な子が生まれる。
その一族にはいったい何が憑いているのか。

 何代にもわたる不村家の物語。
不気味で、想像もできないような姿をしている者たちが住む家。
だけど淡々と時代が進み、奉公をしていた者が残した小説や、逃げ出した家人の行く末を見つける子孫など、様々な出来事がつながる瞬間があるためどんなことも見逃せない。
この一族に残る因縁は呪いか。
現代にはどんな影響が出るか、まだまだ続きそうな憑き物一族のこれからが気になる。

沈黙のアイドル


 声優を目指している林亜紀は、トップアイドル・小沼エリンの声真似が上手かった。
そのおかげで声優の仕事よりも先に、エリンの「声の代役」を頼まれ、なんとスイスまで行くことになってしまう。
しかしそこで、亜紀はエリンの死体を見つける。
パニックで何もできない亜紀に、犯人はエリン殺しを亜紀に擦り付け、切り立った崖から突き落とされてしまった。
亜紀の運命は。濡れ衣を晴らすことはできるのか。

 久しぶりの赤川次郎。
軽い語り口でするする進む物語は、あっという間に読めてしまう。
物騒な出来事が次々に起こり、剣呑な思惑を持った人がたくさんいるわりには明るく、主人公は強い。
何度も死にかけ、助けられる亜紀。
危険がてんこ盛りの割にあっさりと助けられるので妙に構えなくて済む。
そして必ず解決して終わることが分かっているので安心して読める。

かすてぼうろ~越前台所衆 於くらの覚書~


 田舎娘の十三歳の於くらは、越前府中城の炊飯場で下女働きを始める。
ある時、一人夜遅くまで働いていると、初老の男がやってきて何か食べさせてほしいという。
上手そうに食うその男は、なんと城主・堀尾吉晴だった。
於くらの作った夜食を気に入った吉晴によって、於くらはどんどん料理の腕を上げていく。
やがて主が変わっても、於くらはその腕と想像力で皆の腹と心を満たしていくのだった。

 いろんな地域の料理を知り、腕を上げるにしたがって、於くらはそれを残したいと思う。
読み書きもできなかった於くらがやがて覚書を作るまでに成長していくまで。
於くらの料理を食べた者たちとの交流も温かく、文献に残っている事もその都度注釈が加えられていて、それを初めて食べた時は皆どんな顔をしていたのだろうと想像するのも楽しくなる。

鯉姫婚姻譚


 商才がないと早々に見切りをつけられ隠居の身となった呉服屋の跡取り息子・孫一郎。
身の回りの世話をする婆さんとひっそり暮らす家には、大きな池があった。そして父が家と共に残したのは、池に住む人魚だった。
ある日孫一郎は、まだ10歳ほどにしか見えないその人魚のおたつに求婚される。
そして、人と人ではないものの結婚の話をねだられ、決して幸せにならないと語る。

 人ではないものとの婚姻の話は、昔ばなしにもたくさんある。
知っている話もいくつかあったが、どれも幸せなのは本人たちだけで、周りは死んだりひどい目に合ったりする。
でもなぜかどれも、人が人外に歩み寄る話ばかりだった。
人に寄り添い、人の世界で生きようとしたものは少ない。
孫一郎の最後もやはり、傍から見れば恐ろしい、おたつからの究極の愛情をもらうことになった。

山亭ミアキス


 山道を走っていたら迷い込んだ、「山亭ミアキス」。
超美形のオーナーと美味しい紅茶、微かにリンゴの香りが漂う暖炉や絶品のアイルランド料理と驚くことばかり。そして外に出て霧が晴れると、青く光る湖がある。
だけどその不思議な宿では、携帯もつながらずテレビもなかったり、ほかの客の姿も見ない。
運よくたどり着いた人たちは、そこでひと時の癒しと、未来への力をもらう。

 「マカン・マラン」シリーズと同じように、料理の描写がとても美味しそうで気になる。
マタハラで仕事をクビになった女性や、ブラック部活に苦しむ少年、仕事での理不尽に悩む人など、いろんな人が迷い込む。
だけど共通しているのは皆悩んでいる者たち。
そして従業員たちは、目的を果たす力を手に入れたら、次の者に託して宿を去る。
その宿のことは、いい思い出となる者だけじゃないところがいかにも従業員たちの習性を表しているし、カラクリもわかってはいるけど神秘的で、短編だから読みやすくもあり、悲しいきっかけだったわりには後に残る余韻は軽い。