広重ぶるう


 定火消同心の子として長屋で生まれた重右衛門は、幼いころから絵が好きだった。
町絵師なら簡単になれると思い人気の豊国に師事しようと訪れたが門前払いされ、銭を稼げるならだれでもいいと、次に豊弘の門をたたいた。
しかし、広重という名をもらい、独り立ちしても一向に売れず、美人画は「色気がない」、役者絵は「似ていない」と酷評されるしまつ。
貧乏暮らしの中、ある日なじみの版元である喜三郎から見せられたうちわ絵に衝撃を受ける。
それは、まだこの国ではで広まっていない、ベルリンから来た顔料「ベロ藍」だった。
広重は、この青でしか描けない江戸を書きたいと、生涯思い続ける。

 これはじっくり読みたいと思っていたのに、気づけば止められなくなっていた。
そういえば北斎の話も、娘のお栄の話も、国貞の話も読んだことがある。
江戸の絵師、浮世絵師の話は多く、そのどれもがエネルギーにあふれていて面白い。
苦悩し、腐ったりもしたけど誰からも見捨てられないのは広重の人徳。
ベロ藍で刷られた空や川の色を実際に見てみたい。

和菓子迷宮をぐるぐると


 どんなことでも真面目にどこまでも考え、無意識に数式が出てくるような大学生・涼太は、大学院に進むかどうかを悩んでいた。
そんな時、育ての親である叔母に付き添っていった菓子展で、衝撃的なほど美しい和菓子に出会う。
一目で虜になった涼太は、大学卒業後、製菓専門学校に入学し、そこで答えの出ない追求と研究に苦悩しながらも、和菓子の深い底なし沼へとはまり込んでいった。

 物理工学から和菓子へ。すっきりと数式で表すことができる世界から、五感と好みの世界へと転身を遂げた涼太は、そのギャップにさぞ悩み抜いているだろうと想像するが、彼の気性は悩みながらもその悩みを探求していくという、理論的な解決方法を持ち出す。
その独特な視点から、同じ班の級友たちとも不思議に打ち解けていく様子が楽しい。
美味しい小豆餡の作り方を研究する様子や、解がたくさんあって困惑する様子は理系の性分だろうが、師匠や先生は感性と個性に気づけと助言してくる。
進路をがらりと変えたのに、少しも後悔していない涼太が清々しい。

女たちの審判


 死刑囚・梶山智樹。
彼が殺人を犯した訳、彼に友情を感じる看守、ハト行為と言われる不正をして梶山にメモを届けた刑務官、娘がいると知り、一目会いたいと脱獄を計画する梶山。
一人の死刑囚を中心に、拘置所内で起こる様々な人間模様。

 全体的に暗く、平坦な語り口調で進み、時に数年を飛び越して、梶山が逮捕されてからを描く。
判決を言い渡した裁判官や、家族にも視点を向けて、梶山からだんだん広がっていくため梶山の人となりは少しづつ見えてくる。
それでも事件を起こした理由は語られず、タイトルの「女たち」と限定されていることにも疑問が沸いた。
そして、最後に明かされる関係者たちのつながりがちょっとわざとらしく感じた。

菜の花の道 千成屋お吟


 よろず御用承り所『千成屋』の女将お吟。
京橋の呉服問屋・天野屋からの相談は、娘のおはつの亭主・多七の悪書通いを辞めさせたいという依頼だった。
天野屋は、以前おはつの婿になるはずだった佐之助が何者かに襲われ、顔に傷を負ったために破断になったという過去があった。
多七を調べ始めると、佐之助を切った犯人が江戸にいることをつかむ。

 お吟を助けてくれる人がたくさんいて、皆それぞれに頼もしく、人情もある。
よろず困りごとという幅広い仕事のため、人探しから観光案内、縁談やかたき討ちなど、本当にいろいろで、町人もお武家も関係なく関わるので飽きることがない。
ただ今回は悲しい余韻が大きかった。
お吟の行方不明の亭主の消息が分かるときが来るのだろうか。

四十過ぎたら出世が仕事


 四十歳で課長に昇進した阿南が着任早々に起こるトラブル、無能な上司にイライラが止まらない石渡課長、中途入社だけど優秀と評判な和田課長には秘密があり、コネと言われたくなくて創業社長の息子であることを秘密にしている平松は失敗続き。
広告代理店の、不惑を迎える者たちの仕事に対する苦悩が、6人の視点から描かれる。

 どんな社風の会社で、どんな立場にあるのかで全く変わる心意気。
良い会社にしたいと思うか、楽しく働きたいと思うか、権力を持ちたいか。
結局どんな立場でいようとも、気に食わない人はいるもんだし、あの人のことに考えが及ばなかったと悔やんだところでそれもまた一面。
反対の面では絶賛されたりもしていて、自分のところには伝わってこないものも多い。
どんなことを「出世」とみなす?と問われているよう。

プルオーバー、帽子、ハンドウォーマー



使用糸:ごしょう産業 Rover(05)
参考編み図:ふたりのニット 彼サイズと自分サイズで編める から 
       スウェット風プルオーバー 527g
帽子(87g)とハンドウォーマー(42g)はオリジナル

二十一時の渋谷で キネマトグラフィカ


 新しい元号が発表される日、日本中が沸き立つように浮かれていた。
宣伝部の砂原江見は、20年務めた老舗映画会社・銀都活劇が身売りされるとが決まり社内には弛緩した雰囲気が漂う中、この時期だからこそやってみたいと、一つの企画を提案する。
わざわざ今面倒なことをしなくても、新しい経営体制になったらどうなるかわからないのに。
そんな陰口も漂ってくるが、江見は自分の人生を変えた一つの映画をどうしても光の中に立たせたかった。

 かつて優秀さで周りを黙らせた先輩たちと仕事がしたいと、いろんなアイデアを出す江見。
独立して社長をしている独身女性、家族のために辞めることを決めた女性、働くのは会社のためだと信じている女性、権力にすり寄ることで自分の立場を守る女性。
いろんな人が出てきては、しっかり持っているそれぞれの思いが描かれている。
男もかなり個性的だが、やはり女に焦点を当てているため細切れで登場している印象。
働くことは自分にとってどんな位置にあるのかを問いかけるような物語だが、最後は急に宇宙規模まで話が大きくなり、なんだか曖昧にかわされたような気分になった。

事件持ち


 入社2年目の新聞記者・永尾。
県警の記者クラブで毎日刑事を追求する日が続いていたが、ある日千葉で起こった殺人事件を追っていると、偶然被害者2人を知る不審な男・魚住優を接触する。
そして事件の関係者には、中学時代のつながりがあった。
その後、魚住は失踪し、重要参考人として警察からもメディアからも追われる身となる。
一つの事件を、刑事側、記者側の両方の目線で追う。

 被害者の遺族を追い回し、悲嘆にくれる家族からコメントを取ろうとする記者は、果たして必要な存在なのだろうか。
そんな悩みを持ちつつも、他社を出し抜いたスクープを取ろうと必死な永尾。
そして、社会人になってから、今更中学の頃の恨みを晴らすために殺人などするだろうかと疑問に思う警察。
お互い明かせない秘密だらけだが、終盤ではある種の仲間意識さえ生まれてくる。
言葉にはしない空気感を読み、本意を察知する。
大きな事件に縁があるというのは、察知能力の差か。

廃遊園地の殺人


 20年前、プレオープンの日に起きた銃乱射事件によって営業しないまま閉鎖となった遊園地・イリュジオンランド。
その後その場所を買い取り、完全に放置していた廃墟コレクターの資産家・十嶋庵(としまいおり)が、廃遊園地への招待をするいう。
数ある応募者の中から選ばれた10名には、『このイリュジオンランドは、宝を見つけたものに譲る』という十嶋からの伝言が伝えられる。
 廃墟には関心があるが、所有することについては諦めている主人公の眞上だが、周りの雰囲気に付き合い、謎解きに協力することにした。
招待客たちは宝探しをはじめるが、次の朝、参加者の一人が着ぐるみを着せられて柵にくし刺しになった血まみれの状態で発見される。
この謎解きは、ただの謎解きではない。

 ただのコンビニのアルバイトの眞上が、集められた人たちの共通点を見つけ出したり、行動から不自然さを感じ取ったりと探偵役をする。
犯罪におののく者、恐慌をきたすもの、淡々と観察する者など様々だが、眞上の冷めた目で語られるせいかこちらも傍観者でいられた。
登場人物は少ない割に区別がややこしかったので、ただ殺される役ではない者たちの活躍がもうちょっとあればもっとわかりやすかったように思う。

最高のアフタヌーンティーの作り方


 老舗・桜山ホテルで、憧れのアフタヌーンティーチームへ異動した涼音は、張り切っていた。
新作のプレゼンに挑んだ涼音は、さっそく分厚い企画書を否定されてしまう。
だが、憧れの先輩や頼もしい同僚、心からアフタヌーンティーを楽しんでくれているお客様たちを見ているうちに、ただ頑張るだけだった涼音の気持ちにも変化が起こり始める。

 「マカン・マラン」シリーズの、ホテルバージョン。
大好きなアフタヌーンティー、同僚との関係、仕事への向き合い方、そしておいしそうなお菓子たち。
困ることも悩むこともてんこ盛りだが、暗くならず、ひたすら考え、そして見つけ出していく。
読み終わったら周りの人すべてから力づけられているような気持ちになり、美味しいものが食べたくなる。