おもちゃ絵芳藤


 師匠の歌川国芳が死んだ。
弟子の芳藤は、他の弟子たちと協力して葬式を済ませた後も画塾を続けていたが、芳藤は己の力量に華がないと自覚していた。
名をあげるほどの作品を出せず、駆け出しの若い絵師がするような玩具絵の仕事を受け続ける芳藤。
時代も移り、町は西洋の物にあふれる中、芳藤は様々な葛藤を抱え、塾や自分の仕事に悩み続ける。

 偉大な師匠の元で学び、力はあるもののパッとしない芳藤。
だがそれでも絵を描き続け、切り刻まれたり折られたりしていずれは紙くずとなる玩具絵にも丁寧である芳藤の心の内が細かく描かれている。
力があってもどんな人間でも、それぞれに抱える物をじっくりと読ませるわりに読みやすい。
飽きることなくどんどん進む。

泥棒はクロゼットのなか


 盗みに入った家で、まさかの家主帰宅。
集めた宝石を置いて慌ててクロゼットに隠れたに閉じ込められたバーニィは、そこで殺人現場を目撃してしまう。
さらにはその殺人の容疑者とされ、宝石までなくなっておりまさに泣きっ面に蜂の状態。
泥棒が本業のはずが、またしても探偵となって真犯人を探す羽目になったバーニィだった。

 ターゲットを紹介され、安全で確実なはずが失敗し、さらにはそこに死体までついてくるというのは第一弾と同じ展開。
そして魅力的な女性との出会いも。
樋口有介の「柚木草平シリーズ」に似た印象で、事件を深刻にしすぎないバーニィのおかげで読みやすい。
泥棒なのになぜか女にもモテるところも似ていて、若いのから老女まですべてに好かれる様子は見ていて楽しい。
ただ今回はちょっと疑問点の残る結末。
シリーズは続くが、展開は変わっていくだろうか。

泥棒は選べない


 泥棒のバーニイ・ローデンバーは、錠前破りが得意。
欲張らずに年に3,4回ほどの仕事で満足しているはずが、うまい話に釣られて入った家で、警察と出くわした。
さらに奥の部屋で死体も見つかり、やってもいないのに殺人犯として追われることになってしまう。
再びプロの泥棒に戻るためには、自分の手で真犯人を見つけるしかない。
バーニィは、古い知り合いが留守をしていることを思い出し、そいつの部屋に隠れながら、泥棒なのに探偵をする羽目になっていた。

 しっかり者だったはずが、うっかり欲に負けたせいで背負ってしまう殺人犯という汚名。
潜伏先に選んだ部屋で出くわした女性ともうっかり仲良くなってしまったり、泥棒のわりに人が良い。
そして職業柄なのか観察眼もすぐれていて、小さな違和感にもよく気づくので探偵にはピッタリだった。
他の登場人物とのやり取りも軽快で楽しいので読みやすく、泥棒だが憎めない。

荒野のホームズ


 親も兄弟も失い、二人きりになった兄弟・オールド・レッドとビッグ・レッド。
今は西部の牧場を渡り歩く、雇われカウボーイの生活を送っている。
ある時雇われた牧場で、支配人がぐちゃぐちゃに踏みつぶされたようなひどい状態の遺体で見つかる。
兄のオールド・レッドは、論理的推理を武器とする探偵となるべく推理を始める。

 ホームズの影響が西部まで。
『赤毛連盟』に出会って探偵を始める兄と共に、牧場で起こるおかしな事件に立ち向かうビッグ・レッド。
西部の荒々しさの中で頭脳を働かせ、観察によって情報を集めて回る様子は面白かった。
ただ、ホームズは小説の中の人物として扱っているのかと思っていたら、途中から急に実在する人物として描かれているので戸惑う。
それでもホームズをまねて推理をする兄弟が微笑ましく、閉鎖的な牧場での悲惨な事件が重い雰囲気にならずに最後まで楽しめた。

悪なき殺人


 フランスの山間の小さな村で、一人の女性が行方不明になった。
殺人事件として捜査が始まり、関係者として浮かんだ人物たちはみんな村の者だったが、誰もが孤独と秘密を抱えていた。
そしてその事件は、遠く海を渡った西アフリカに住む詐欺師の少年へと結びつき、やがてすべてを巻き込んだ複雑な状況が見えてくる。

 田舎の出来事のはずが、いつの間にか国を超えた事件へとなっていく。
だが、最初の行方不明者の死体がいつ発見されて、どんな状況だったのかの印象がまるでなく、事件だったのかも記憶に残らない。
次第に大ごとになっていく出来事と、関係者それぞれからの視点で進む物語は面白いが、はっきりしたことは何もわからずにすべてを匂わせたまま進んでいく。
スッキリとはしないが、膨らんでいく関係図を追うのは面白かった。

商い同心 人情そろばん御用帖


 諸色調掛同心(しょしきしらべがかりどうしん)・澤本神人。
市中の物の値が適正かどうかを調べ、無許可の出版物等の差し止めを行うのが仕事で、子分の庄太と江戸の不正を暴いている。
そんな時、辻占の女易者を「いんちき」だと言い張る男がやってくる。
他にも、高価なはずの人参が安値で売買されているという噂を聞きつけ、江戸をくまなく歩きまわったりと、お役目に熱心な神人だった。

 個性がはっきりした登場人物が多いので、分かりやすいし読みやすい。
前作があったようだが全く気にならずに読めた。
ただ、読みやすいために記憶には残らず、最後まで印象の薄い主人公だった。
副題にあるそろばんも、特に意味はないようだ。

しあわせの輪 れんげ荘物語


 激務だった会社を早期退職したョウコは、古いアパート「れんげ荘」で倹しく自由に暮らしていた。
老後に不安は感じながらも兄夫婦のところに、突然やってきたネコたちのことや、れんげ荘の住人たちとの交流を描く。

 シリーズなのを知らずに読んで、何のことやらわからないこともいくつかあったが、それは突き詰めるほどのことでもなく、日常が流れていく。
そのせいか身近な人という感じがなくどこか他人事で入り込めなかった。

バスクル新宿


 バスターミナル「バスクル新宿」に集まる人の、ひと時の出会い。
長距離バスに乗る人はどんなことを抱えているのか。
誰かに会いに?それとも帰りに?
ある日同じバスに居合わせた人たちの、それぞれの視点で書かれたある便の出来事。

 どんな目的でこのバスに乗ったのか、それぞれの理由が描かれているが、どれも普通で特別ではない日常。
でもそこに少しの不思議と疑問を含ませているため、警察官がやってきたり不審に思う人がいたりと、少しの非日常が入っている。
興味を引くほどの出来事もなく、通して登場する正体不明だけど印象的な少年を最後に主人公にしているが、それもわかってみれば日常を少し変えようとしたという話。
盛り上がるところもなかったので平坦。

テラ・アルタの憎悪


 何度も補導され、刑務所へ入っていたメルチョールは、獄中でユゴーの『レ・ミゼラブル』と出会い、警察官になることを誓う。
そして移動になったカタルーニャ州郊外の町テラ・アルタで、富豪夫妻殺人事件の捜査を手掛ける。
老夫婦はひどい拷問を受けていたことから、夫妻の事業と家族にかかわりがあると見た。

 メルチョールが妻と出会った頃の幸せな時期の話がところどころに挟まれていて、メルチョールの人柄がそこで厚みを増している。
事件のひどさと田舎の閉そく感、被害者の傲慢さなど、いろんな要素が次々と盛り込まれて行って、捜査が進んでいる気がしないままメルチョールと共に無力感を感じながらも飽きることはなく、最後まで気が抜けない面白さだった。

ウェルテルタウンでやすらかに


 推理作家をしている私の元へ、おかしな依頼が舞い込んだ。
過疎化した町の人集めに、小説を書いてほしいという。しかも町を、自殺の名所にしたいというではないか。
そんな依頼は受けたくないが、何の因果かその町は私の実家がある町であり、そこから逃げ出してきた身であり、だが自殺の名所にはしたくはないという複雑な気持ちが巻き起こる。

 おかしな依頼をしてきた人物はいかにもうさん臭く、町の自殺の名所を次々案内する様子もコミカルに描かれているし、出てくる住民も変わった人ばかり。
自殺という暗いイメージとはかけ離れた雰囲気なのでコメディとして楽しめる。
でも最後にはこれまでの事がどれも裏の意味を持っているようで考えさせられ、どれもどこかで関係があっていちいちハッとさせられる。
分かりにくさはあるものの、いろんな仕掛けに気づくとより楽しめる。