楽園のアダム


 大厄災により人類は1%未満まで減少し、あらゆる問題を解決するために作り出された人工知能の「カーネ」により生活や判断、結婚や出産までも管理される世界。
しかしカーネのおかげで争いはなく、様々な役割をもった集団によって生活は十分に潤い、安定した人生を送れる時代。
「知識の島」で研究に勤しむ主人公・アムスは、ある日大好きなセーファと共に偶然死体を見つけてしまう。
それは良く知った人物で、しかもむごたらしい拷問の末、心臓を一突きにされた助教授だった。

 暴力などなく、平和で穏やかな暮らしをしていた島に、突然起こる不穏な出来事。
それは、助教授が南極から持ち帰った未知の哺乳類のせいだという。
その生き物によって幾人もが殺され、やがてアムスが聞かされるその哺乳類の真実に驚かされる。
情報が管理され、故意に知らされない事がある世界では、当たり前の自然であっても驚異となる。
それにしても、未知の哺乳類の獣っぷりはひどかった。ろくでもない性質のものを選んでしまったのか、知らないゆえの恐怖で大げさになっているのか。
そして男女の区別はあって知識もあるのに、割り当てられることに疑問がわかないのは不思議。

四十過ぎたら出世が仕事


 四十歳で課長に昇進した阿南が着任早々に起こるトラブル、無能な上司にイライラが止まらない石渡課長、中途入社だけど優秀と評判な和田課長には秘密があり、コネと言われたくなくて創業社長の息子であることを秘密にしている平松は失敗続き。
広告代理店の、不惑を迎える者たちの仕事に対する苦悩が、6人の視点から描かれる。

 どんな社風の会社で、どんな立場にあるのかで全く変わる心意気。
良い会社にしたいと思うか、楽しく働きたいと思うか、権力を持ちたいか。
結局どんな立場でいようとも、気に食わない人はいるもんだし、あの人のことに考えが及ばなかったと悔やんだところでそれもまた一面。
反対の面では絶賛されたりもしていて、自分のところには伝わってこないものも多い。
どんなことを「出世」とみなす?と問われているよう。

二十一時の渋谷で キネマトグラフィカ


 新しい元号が発表される日、日本中が沸き立つように浮かれていた。
宣伝部の砂原江見は、20年務めた老舗映画会社・銀都活劇が身売りされるとが決まり社内には弛緩した雰囲気が漂う中、この時期だからこそやってみたいと、一つの企画を提案する。
わざわざ今面倒なことをしなくても、新しい経営体制になったらどうなるかわからないのに。
そんな陰口も漂ってくるが、江見は自分の人生を変えた一つの映画をどうしても光の中に立たせたかった。

 かつて優秀さで周りを黙らせた先輩たちと仕事がしたいと、いろんなアイデアを出す江見。
独立して社長をしている独身女性、家族のために辞めることを決めた女性、働くのは会社のためだと信じている女性、権力にすり寄ることで自分の立場を守る女性。
いろんな人が出てきては、しっかり持っているそれぞれの思いが描かれている。
男もかなり個性的だが、やはり女に焦点を当てているため細切れで登場している印象。
働くことは自分にとってどんな位置にあるのかを問いかけるような物語だが、最後は急に宇宙規模まで話が大きくなり、なんだか曖昧にかわされたような気分になった。

事件持ち


 入社2年目の新聞記者・永尾。
県警の記者クラブで毎日刑事を追求する日が続いていたが、ある日千葉で起こった殺人事件を追っていると、偶然被害者2人を知る不審な男・魚住優を接触する。
そして事件の関係者には、中学時代のつながりがあった。
その後、魚住は失踪し、重要参考人として警察からもメディアからも追われる身となる。
一つの事件を、刑事側、記者側の両方の目線で追う。

 被害者の遺族を追い回し、悲嘆にくれる家族からコメントを取ろうとする記者は、果たして必要な存在なのだろうか。
そんな悩みを持ちつつも、他社を出し抜いたスクープを取ろうと必死な永尾。
そして、社会人になってから、今更中学の頃の恨みを晴らすために殺人などするだろうかと疑問に思う警察。
お互い明かせない秘密だらけだが、終盤ではある種の仲間意識さえ生まれてくる。
言葉にはしない空気感を読み、本意を察知する。
大きな事件に縁があるというのは、察知能力の差か。

廃遊園地の殺人


 20年前、プレオープンの日に起きた銃乱射事件によって営業しないまま閉鎖となった遊園地・イリュジオンランド。
その後その場所を買い取り、完全に放置していた廃墟コレクターの資産家・十嶋庵(としまいおり)が、廃遊園地への招待をするいう。
数ある応募者の中から選ばれた10名には、『このイリュジオンランドは、宝を見つけたものに譲る』という十嶋からの伝言が伝えられる。
 廃墟には関心があるが、所有することについては諦めている主人公の眞上だが、周りの雰囲気に付き合い、謎解きに協力することにした。
招待客たちは宝探しをはじめるが、次の朝、参加者の一人が着ぐるみを着せられて柵にくし刺しになった血まみれの状態で発見される。
この謎解きは、ただの謎解きではない。

 ただのコンビニのアルバイトの眞上が、集められた人たちの共通点を見つけ出したり、行動から不自然さを感じ取ったりと探偵役をする。
犯罪におののく者、恐慌をきたすもの、淡々と観察する者など様々だが、眞上の冷めた目で語られるせいかこちらも傍観者でいられた。
登場人物は少ない割に区別がややこしかったので、ただ殺される役ではない者たちの活躍がもうちょっとあればもっとわかりやすかったように思う。

スイッチ 悪意の実験


 夏休み、就職活動が上手くいっていない先輩から、バイトの話を持ち掛けられた。
それは、日当1万円、期間1か月の、初日のみ拘束時間ありのおかしな仕事だった。
心理コンサルタントとしてテレビにもよく出ている人物からの仕事で、「純粋な悪意」を知りたいという。
集められた6人の大学生には、自分達とはなんの関わりもなく幸せに暮らしている家族を破滅させるスイッチのアプリがインストールされ、押す押さないを任された。

 「理由のない悪」と、それをしてしまう人の心理を知りたいというリサーチ。
しかし、それが大きな事件へとつながり、それぞれの過去とも向き合う羽目になることで、心が軽くなる人、将来を真剣に考える人、達観する人、いろんな考えが見える。
でもところどころわかりにくい。
宗教の教えや概念のことだけでなく、物語の進み方が分かりにくい。
結局、大酒を飲んでは豪快に失言を飛ばす就活中の先輩が一番個性的で楽しかった。

スター・シェイカー


 人類がテレポートの能力を持ち、道路が不要になった世界。
事故によってテレポート能力を失った赤川勇虎は、仕事の帰りにゴミ箱に隠れていた少女と出会う。
彼女は、違法テレポートによる密輸を行う組織から逃げていた。
組織から命を狙われながら逃げるうち、勇虎は古典テレポートと言われる能力に目覚め、宇宙の根幹に関わる秘密に足を踏み入れることになる。

 壮大なスケールでテレポート社会の闇を描き出す。
人類の7割がテレポートの免許を持ち、今や遺跡となった高速道路、まるでホームレスのような位置に置かれた人々が自治をする地域があったり、地球の行く末を憂う研究者たちがいたりと多彩。
しかし主人公の個性があちこち迷走していたり、描写があいまいで世界感が想像しにくいため読みずらかった。
テレポートが軸にはなっているが、物理がのっかってきたり生物の世界だったり、果ては宇宙のありようだったりと、人物同様まとまりがないように感じた。
せめてどんな環境なのか街並みが想像できればよかったが、わかりにくいというのが一番。

月下美人を待つ庭で


 小柄で猫目、大きな黒い上着のせいで黒猫を想像させる容貌の持ち主。
30過ぎにもかかわらず定職につかず、異様な好奇心であらゆることに首を突っ込むという変人の猫丸先輩。
電光看板の底に貼り付けられた不規則なアルファベットの文字列や、1時間だけ消えた愛犬の謎、毎夜不法侵入される家など、さらさらとしゃべりながらいつの間にか納得させられている。
早口なのに聞きやすいというその口調で、謎と警戒心を解いていく短編集。

 おっさんなのに小柄で、猫のようにするりと現れる。
話出すと長くて古風な表現も多いが、なぜか気になって最後まで聞いてしまうという不思議な猫丸先輩。
分かってみると何でもないことを大事件のようにして思わず信じさせてしまったり、あっさりと真実を話してしまったり、いろんな面を見せて楽しいが、長い話がちょっとたいくつ。
表紙が印象的で、その話もほっこりする終わり方なので憎めない。

ボタニカ


 明治初期、土佐で生まれた少年・牧野富太郎は、植物に興味を持ち、ただひたすら愛した。
独学で植物を研究し、「日本人の手で、日本の植物相(フロラ)を明らかにする」と決意。
東京大学理学部植物学教室に出入りを許され、新種の発見、研究雑誌の刊行と様々な成果を上げる。しかし、自分の研究にしか目がいかないために、協力を申し出てくれる人からはいつしか疎まれてしまう。学歴がないため良い職にもつけず、常に貧乏だが、植物の研究に生涯を費やした人物の一生。
 
 裕福な家に生まれたが一向に家業に興味を持たず、長じては身代を食いつぶして売るしかなくなるほど植物を愛する富太郎。
常に協力者も現れるのに生かせず、時に唯我独尊。けれどよい妻とめぐり逢い、子も多く、周りを振り回し続けたわりに恵まれていた。
富太郎の業績は素晴らしいと思うが、近くにいたらさぞ迷惑だろう。
読みごたえもたっぷりだがあまり気分はよくなかった。

夢ほりびと


 リストラされ、再就職がままならないと気づいた佐伯は、家出をした。
そしてたどり着いた廃墟には、同じようにままならない人生から逃げてきた人たちがいた。
借金から逃げてきた夫婦、リストカットがやめられない女子高生、ビッグウェイブを待っているサーファー。そして廃墟の主、惚けたじいさん。
庭に宝が埋まっていると信じている家主と一緒に庭を掘りながら、佐伯は帰るに帰れず、そっと家族を覗く。

 池永陽の話はいつも暗い。
静かでゆっくり流れる時間は水底から覗いた景色のような現実感のなさで、暗くてじっとりしている。
今回は弱い人間があつまっているため、ことさら暗く感じる。
元気が吸い取られていくようで鬱々とする。